野沢尚氏の講演記録(7)

追悼:野沢尚

『さらば愛しのやくざ』という映画は、どういう企画として成立したのかというと、原作は六十年安保を背景にした、やくざと早稲田の大学生との交流を描いた小説なんですね。ふとしたことで知り合って、やくざがけんかのやり方を大学生に教えたり、学生がやくざを講義に連れていったりとかという交流があって、しかも主人公のやくざには腹違いの妹がいるんですけれども、その妹と近親相姦的な関係があって、相楽晴子がやっているんですけれども、要するにこの三人の男女の青春やくざ映画みたいな、そういうテイストを持った小説だったんですね。ある人が権利を持っていて、それを陣内さんのところに持っていったわけです。
 陣内さんはちょうどあの頃、『ちょうちん』をやって、『傷』をやって、次のやくざ映画の新しい素材を探そうと思っていた時期で、「ああ、この小説は面白い」ということになって、どういうわけか僕のところに来たんですけれども、一番大変だったのは、映画会社もリスクを背負っているから、失敗は絶対できない。とにかく意見を言う。打ち合わせを渋谷の東急インでやったような記憶があるんですけれども、会議室を借りて、東映大泉の撮影所長がいる、その原作を最初に持った企画者という人がいる、中堅のプロデューサーと若いプロデューサーがいる、陣内氏本人がいる、陣内氏のマネージャーがいる。マネージャーは陣内氏の言いにくいことを言う役割なんですね。あとは監督のいずみさんがいる。それで僕がいるという、そういう大人数の中で打ち合わせをするわけです。
 その時点で僕の方から、僕の書いた構成表っていうものを、つまりこの原作を、こういう風な料理の仕方をしたいという表を渡してあるんですね。つまりそれに対する文句を言う会みたいなものになっていて、一番最初に問題になったのは、原作では学生がある夜、場末のバーに行ったら、ビールを一本頼んだだけで三万円とられて、バーテンに文句を言ったらぶん殴られて放り出されたと。で、その学生が癪に触るので、もう一回あの店に行ってバーテンと対決しないと、自分の人生が先につながっていかないというような気持ちがあって、ある晩また行って、三万円出して、「これだけで飲ませてください、これ以上払いませんよ」と言って、それで溜飲を下げるという、最初はそういうエピソードになるんですけれども。で、なぜ大学生がその晩、バーに行ったのかと。何かきっかけがあるはずだと。それは僕が最初に感じた疑問というか、そこをうまく作りたいと思ったんですね。何かエポックメイキングストーリー的なことがあって、それでバーに行ったんではないかと。映画の時勢としては九十一年が現在でしたから、その十年前を思い返すというスタイルの映画にしようと思っていましたから、要するに一九八〇年代に、何かエポックメイキングストーリー的なことがなかったかと調べたんですよね。
 そうしたらふたつあった。ひとつは天皇崩御、もうひとつはジョン・レノンが殺された日。一九八七年十二月。そうしたらやっぱりジョン・レノンだろうと。ジョン・レノンの死が報道された夜に、彼のことがすごく好きな大学生が酒を飲んで、酔っぱらって悪酔いして、でももっと飲みたくて、何か変なバーに足を踏み入れたという、そういうきっかけにしようと。この映画のラストは、主人公のやくざが殺されるという原作でもそういう結末になっているんですけれども、だったら最後はジョン・レノンのように死ねればいいんじゃないかと。「○○さんですね」と言われて振り返ったら、若い男に五発の銃弾を撃ち込まれて殺されるという、そういう話にしようと。要するにジョン・レノンの死んだ日に知り合った大学生とやくざの話で、最後はジョン・レノンのように殺されるやくざの話というような仕組みを作ったんですね。これはもう僕のスタイルというか、そういう形が好きということに尽きるんですけれども、構成表でつまりおじさん達にそういうものを提示したわけですよね。
 すると、「何でやくざ映画にジョン・レノンが出てくるんだ。何でそういう風に始まるのかがまず分からない」と言い出す。僕はこの反対している人たちを何とか説得しなければいけない。ジョン・レノン案に、陣内さんは顔色を見る限り、とりあえず賛成している。監督も何となく賛成している。じゃあ、この賛成している人たちを味方につけて、何とかこの会議を乗り切ろうみたいな戦略を色々考えながら、大人数の会議を乗り切る。で、また別のストーリー展開になると、今度は陣内さんと監督は反対しているけれども、プロデューサーは賛成していると。じゃあ何とか今度はこの人たちを取り込んで、何とか説得させようみたいな、要するにこれが映画の作り方というか、脚本の作り方なんですね。

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