2010
01.15

林芙美子の文学(連載158)林芙美子の『浮雲』について(156)

林芙美子の文学, 林芙美子関係

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 尾道にて(2009.11.14)
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林芙美子の文学(連載158)
林芙美子の『浮雲』について(156)

(初出「D文学通信」1362号・2010年1月15日)
清水正


富岡とゆき子にとって、伊香保は終着駅とはならな
かった。かと言って、東京は彼らが帰るべき〈故郷〉で
はない。富岡を待っているのは、妻一人が残っている
がらんどうの家であり、ゆき子を待っているのは物置
小屋を改装した小舎である。


富岡とゆき子にとって、伊香保は終着駅とはならなかった。かと言って、
東京は彼らが帰るべき〈故郷〉ではない。富岡を待っているのは、妻一人
が残っているがらんどうの家であり、ゆき子を待っているのは物置小屋を
改装した小舎である。彼らに、希望に輝く未来は等しく閉ざされている。
〈敗戦〉という決定的な現実を生きるということは、〈淋しい砂漠の街〉
を歩くことである。今、この〈砂漠の街〉に高層ビルが乱立し、あたかも
現世的な〈極楽〉世界が現出しているかのように錯覚している者は少なく
ない。が、敗戦直後に、ゆき子が体感した〈淋しい砂漠の街〉は依然とし
て消えていない。ろくでなしの富岡が抱え込んだ虚無もまた依然として解
消されてはいない。
林芙美子は地の文で、富岡の内心を代弁するかのような書き方をしてい
る。富岡は自分で自分をどのように始末してよいのか判らない。具体的に
言えば、富岡の内には、ゆき子を殺そうとしている自分と、殺人の情熱に
かられない自分とが同居していて、いっこうに一つにまとまらないという
ことである。これを作者の言葉で言えば〈自己矛盾〉とか〈気後れ〉とな
る。富岡は真剣にものを考えようとしても、心が中心へと向いてゆかない。
これが進めば、自我崩壊ということになる。富岡は自分では未だ気づいて
いないが、すでに狂気の淵へと一歩足を踏み入れている。
〈気後れ〉とは、絶対的なものを喪失した人間が、空元気を出してまで
〈芝居〉を打つ情熱を持つことができない心的状態を示している。その意
味で、富岡は自分で自分を騙すテクニックを習得することができなかった
男と言える。富岡は分裂した〈自己〉の各々に役割を分担させて、自我の
統一を図る演出家となることができなかった。邦子の前ではよき夫、両親
の前ではよき跡継ぎ、ゆき子の前ではよき愛人といった役割を果たしなが
ら、それらの〈自己〉を統括することができなくなっていた。現存在分析
を創始したビンスワンガーの用語を使用すれば、富岡はまさに消耗した現
存在の様態を示しつつある。
富岡は「自分をどのように始末してよいのか判らない」、これは烈しい
一義的な欲求に駆られない自意識家のごく自然な内心の姿である。あれか
これかの二者択一を迫られて、絶対的真理を喪失した者は永遠の判断中止
を強いられる。等しい価値を持った二つ(あるいは二つ以上)のうちの一
つを選ぶことはできない。選ぶとすれば二つを選ぶほかはない。ところが
身一つで生きている人間にとって、二つを同時に選ぶことはできない。
ゆき子との伊香保行きを選んだ富岡は、がらんどうの家に妻の邦子を残
すほかはない。たまたま富岡は、ゆき子を伊香保行きに選んだが、邦子を
選ばなかった確かな理由があったわけではない。もし、確かな理由があれ
ば、富岡の分裂は回避される。邦子とゆき子が、富岡にとって同じ価値を
持っていれば、どちらかを捨てなければならない理由を見つけることはで
きない。後は、女たちのごたごたに対応できる旺盛な生命力(経済的、肉
体的、精神的な)があるかどうかが試されるだけである。
作者は「狭い天地で、釘づけにされた人種は、一人一人が、孤独に、て
んでんばらばらになってゆくより、道はないのではないかと思えた」と書
いている。敗戦後、極楽のダラットから〈砂漠の街〉東京へ引き揚げて来
た富岡は、再会した父や母や妻の邦子と一心同体になって富岡家を支えて
行くことができなかった。ダラットでゆき子と結婚の約束までした富岡が、
富岡家を支えていけるはずもない。儲け仕事に手を出して失敗した富岡が、
家で主導権を握ることはできない。妻の邦子はゆき子のことで、富岡をも
はや信用してはいない。家を売り払った金は、借金の返済にあてられてす
ぐになくなるだろうし、親戚の家に厄介になる両親も、もはや息子を頼り
にすることはないだろう。まさに、富岡家の人々は、「一人一人が、孤独
に、てんでんばらばらになってゆくより」ほかに道はなかった。問題は、
富岡家においてばかりではなく、日本という〈狭い天地〉において〈釘づ
けにされた人種〉すべてにこのことが当てはまるということである。
〈全面的な真理〉を追うこと自体が〈空虚な理想〉なのだと富岡は考え
る。〈全面的な真理〉と〈空虚な理想〉を大東亜戦争と敗戦に重ねてみれ
ば、敗戦時に四十歳近くになっていた富岡の虚無の背景をかいま見ること
もできよう。

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