2010
01.13

林芙美子の文学(連載156)林芙美子の『浮雲』について(154)

林芙美子の文学, 林芙美子関係

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 尾道にて(2009.11.14)
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林芙美子の文学(連載156)
林芙美子の『浮雲』について(154)

(初出「D文学通信」1360号・2010年1月13日)
清水正


ゆき子は富岡を残して、深夜の湯殿に向かう。浴槽には友達
らしい二人の女が入っている。酔っていたゆき子は脚がふらつ
いて、湯の中に飛び込むようなかたちになり、二人の女を不愉
快にさせる。作者は、二人の女の会話と、ゆき子に対する不快
を描く。


狭い階段を降りて、湯殿へ這入ると、深夜の湯殿に、パアマネントの
長い髪をふりみだした若い女が二人、高声で喋り散らしていた。
赤く濁った湯が、タイルのふちにたぷたぷ溢れている。ゆき子は黙っ
て、浴槽の女たちの前へ片脚を入れた。酔っているせいか、脚がふらつい
て、よろけて、どぼんと湯の中へ飛び込むと、湯のしぶきがあがって、二
人の女たちは飛びのきざまに、顔をしかめた。いかにも意地の悪い表情で、
二人は舌打ちしてざあっと、立ちあがった。
「ごめんなさい……」
ゆき子はあやまった。二人の女はにこりともしない。ゆき子は疳にさ
わって、赤い湯の中に、のびのびと脚をのばした。二人は、都会の女に違
いないのだけれども、骨太の百姓の女のような逞ましい大きい腰つきをし
ていた。
ゆき子は、すんなりとした自分の裸が自慢で、その女たちと並んでみ
せたい衝動にかられている。女たちは、タイルの流し場に、べったりと坐
り込んで、また、さっきの話の続きを始めだした。
「別れぎわに、たみちゃんてばさア、カムアゲンって言ったンだってよ。
あのひと、カムアゲンしか知らないンだからね。そしたらさア、向うは、
泳ぐまねしてさ、もう、男の間を泳ぐのはやめて、オフィスにでも勤めな
さいって言ったンだってよ。・・そいで、すぐまた、泳ぎまわってるンだ
から世話はないやね。……日本の男は見るのも嫌だってさア」
二人はげらげら笑いだした。
ははア、そんな階級の女なのだなと、ゆき子は池袋の自分の小舎を思
い出していた。いまごろは、尋ねて来て、扉をこつこつ叩いているかもし
れない。二人の女は、匂いのいい石けんを使い、プラスチックの、大きな
櫛で、お互い同士、髪をかきつけあっている。
二人の態度は、酔っているゆき子の眼には、いどみかかっているよう
に見えた。お前たちとは人種が違うンだからねと言わンばかりに、ハイカ
ラな大瓶に這入った水クリームや、大判のタオルをみせびらかしている。
ゆき子は、宿の女中に借りた、煮〆めたような日本手拭と、魚臭い石けん
を使っていた。
「ねえ、明日帰ったら、私、洋服屋へ行くンだけど、あんたも行ってみ
てくンないかなア……。真紅なスーツで、金釦をつけて貰ったンだよ」
「へえ、たいしたものだねえ、ユウのハートが、つくってくれたのか
い?」
「そりゃア、そうさ。あのひと、気前はいいンだから」
ゆき子は、くすくすと笑った。唇の真紅な女がちらと、笑っているゆ
き子のほうを見て、
「何を笑うのさア」と、怒って言った。
「あら、私、自分のことを思い出し笑いしてるのよ。妙なこと言わない
でよッ」
「チェッ、ばかにしてるよ。酔っぱらって湯をぶっかけたくせに」
「あら、ごめんなさいって、言ったじゃないの?」
もう一人の骨張った女が、「酔っぱらいに、かかりあうのはおよしな
さいよッ」と言った。
(260 ~262 〈二十四〉)
ゆき子は富岡を残して、深夜の湯殿に向かう。浴槽には友達らしい二人
の女が入っている。酔っていたゆき子は脚がふらついて、湯の中に飛び込
むようなかたちになり、二人の女を不愉快にさせる。作者は、二人の女の
会話と、ゆき子に対する不快を描く。二人はどうやら外国人相手の娼婦ら
しい。ゆき子は池袋の小舎のことを一瞬思うが、すぐに眼前の光景に意識
をとられる。ゆき子はジョオのことよりも、〈匂いのいい石けん〉〈プラ
スチックの、大きな櫛〉〈ハイカラな大瓶に這入った水クリーム〉〈大判
のタオル〉など、要するに女たちが外国人の彼氏からプレゼントしてもら
ったものに眼を奪われて、富岡のことなどまるで意識のそとにある。
この深夜の湯殿の場面において、ゆき子の性格の特質性が端的に表れて
いる。ゆき子は、富岡に誘われるとすぐに伊香保行きを承諾した。この時、
ゆき子の中ではジョオよりも富岡が優先された。湯殿の中では、富岡より
もジョオよりも、眼前に存在する二人の女が優先される。ゆき子の眼差し
は〈骨太な百姓の女のような逞ましい大きい腰つき〉を、ついでタイルの
流し場にべったり坐り込んでおしゃべりを始めた女たちの姿をとらえてい
る。ゆき子の耳は、二人の女の会話の一言一句も聞き逃すことはない。無
邪気にげらげら笑い、いい石けんや水クリームを惜しげもなく使い、大判
のタオルを見せびらかしながら、気前のいい彼氏がつくってくれた真紅な
スーツを洋服屋へとりに行く話をする。ゆき子といえば、女中に借りた煮
〆めたような日本手拭いと、魚臭い石けんを使っている。女たちは、深夜
の湯殿においてすら、躯つきや、使っている石けん、タオル、クリームな
どまで見比べ、虚勢を張ったり、いじけたりするものらしい。
読者はゆき子が深夜の湯殿で偶然合った二人の女に関して、ここに引用
した場面でそのすべてを理解するしかない。女たちの経歴など何一つ知ら
ないが、しかし、彼女たちが恵まれた家庭の中で育ってきたとは思えない。
ただひとつ言えることは、彼女たちが敗戦後の日本の焦土にあって、身一
つで逞しく生きていることである。女たちの仲間であるたみは、客に「も
う、男の間を泳ぐのはやめて、オフィスにでも勤めなさい」と言われたが、
すぐにまた泳ぎまわっている。たみは、どういうわけか「日本の男は見る
のも嫌だ」という気持ちになっている。池袋の小舎でジョオと関係を持っ
たゆき子は、二人の女たちと五十歩百歩の〈そんな階級の女〉なのだが、
決定的な違いは、女たちが〈日本の男〉に見切りをつけて新しい人生をす
っぱり割り切って天真爛漫に生きているのに対し、ゆき子は日本のろくで
もない男たち、伊庭や富岡と縁を切れずにいることである。
女たちが伝えるたみの「日本の男は見るのも厭だ」という思いは、盗ん
だ蒲団を取り返しに来た伊庭を見て「自分の周りの男は、どうして、こん
なに落ちぶれて卑しくなっているのか」と不思議に感じたゆき子の思いそ
のものであったに違いない。なぜ、ゆき子は二人の女たちと一緒になって
〈げらげら笑い〉が出来ないのか。ゆき子を部屋で待っているのは、でき
もしない心中の妄想に耽っているろくでなしのバカ男である。今のゆき子
は、二人の女の〈いい匂いのする石けん〉や〈大判のタオル〉に眼を奪わ
れているどころの騒ぎではないはずである。ろくでなしの伊庭や富岡をす
っぱり切り捨て、大陸的な豊穣さに溢れた外国人の男たちの間を泳ぎ廻っ
たほうがどれほどいいか、二人の女たちの会話を通してゆき子がそういっ
た思いにとらわれても何の不思議もない。なぜゆき子は、今頃、伊庭の小
舎の扉を叩いているかも知れないジョオのことを思って、一刻も早く東京
へ戻ろうという気にならないのか。
二人はさっさと水しぶきをあげるような見幕で、脱衣場のほうへ出て
行った。
「耳輪なんかしてさ、汚ない手拭使ってるの、あれなアに? よう、何
だろうね……」
「知れてるじゃないか……」
二人の忍び笑いがした。ゆき子はざぶざぶと湯を使いながら、大きい
声で、
あなたの恋も
わたしの恋も
初めの日だけは
真実だった……。
と、安南語で歌った。案外、なまめかしく柔い声だった。しのび笑い
はとまった。
あの眼は、
本当の眼だった。
わたしの眼も
あの日の
あの時は
本当の眼だった。
いまはあなたもわたしも
うたがいの眼……。
唄ってゆきながら、ゆき子は、放蕩の果てのような荒さんだ気持ちだ
った。

(260 ~262 〈二十四〉)
ゆき子はジョオと大きな真白な枕を共にしながら、日本のろくでもない
男を引きずって生きている。まさにゆき子は〈耳輪〉(外国人の男と寝る
女のシンボル)を付けながら、〈汚い手拭い〉(落ちぶれて卑しくなって
いる日本の男)を使っている。ゆき子は東京にジョオを待たせ、部屋に富
岡を待たせて、ひとり深夜の湯殿につかっている。ゆき子の意識の中にジ
ョオと富岡の二人が存在していることに間違いはないが、その二人の男は
〈耳輪〉と〈汚い手拭い〉といった隠喩的存在にとどまり、ゆき子に〈あ
れかこれか〉の二者択一を迫ることなく、曖昧な領域に浮き沈みしている。
二人の女の言葉「あれなアに? よう、何だろうね……」「知れてるじ
ゃないか……」・・二人の女は〈忍び笑い〉をして了解する。ゆき子とい
う存在が〈そんな階級の女〉たち二人の〈忍び笑い〉で完全了解されてし
まう恐るべき瞬間である。「知れてるじゃないか」の一言と〈忍び笑い〉
で、ゆき子の存在は深夜の〈赤く濁った湯〉に溶けて消えてしまったとし
ても不思議ではない。が、ゆき子はめげない。ざぶざぶと湯を使い、大き
い声で、富岡が唄っていた流行り唄を安南語で歌う。ゆき子は二人の女の
〈忍び笑い〉を、安南の流行り唄で撃沈する。

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