2009
12.29

林芙美子の文学(連載141)林芙美子の『浮雲』について(139)

林芙美子の文学, 林芙美子関係

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『清水正・ドストエフスキー論全集』第一巻~第四巻
『清水正・宮沢賢治論全集』第一巻

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林芙美子の文学(連載141)
林芙美子の『浮雲』について(139)

(初出「D文学通信」1345号・2009年12月29日)
清水正


金儲けを計って、そのことに失敗した男ほど惨めな
ものはない。富岡の魅力はその内的世界にはない。
トルストイを読んでも、ドストエフスキーを読んでも、彼
らの豊穣な世界が富岡の生に何一つ反映されていない。


金儲けを計って、そのことに失敗した男ほど惨めなものはない。富岡の
魅力はその内的世界にはない。トルストイを読んでも、ドストエフスキー
を読んでも、彼らの豊穣な世界が富岡の生に何一つ反映されていない。強
いて言えば、ニコライ・スタヴローギンの虚無を彼なりになぞっているだ
けであるが、神に反逆し、神を試みるまでに傲慢な〈虚無の権化〉ニコラ
イと富岡を同一次元で比較することはできない。
富岡は自分自身を〈何か収穫があるような錯覚で、日々を生きているだ
けの自分〉と認識しているが、こういった自己認識に立った男の人生は言
うまでもなく刹那的である。富岡には現在を充実させてくれる過去と将来
がない。ダラットでの極楽の日々は、言わば裏切りの日々であり、自己欺
瞞の日々であった。ニウやゆき子との悦楽の日々が、引き揚げ後の富岡の
現在を充実させるはずもない。邦子との現在に生きようと決断すれば、ダ
ラットでのゆき子との悦楽の日々は悔いの過去となるだろう。ゆき子との
結婚の約束を守れば、邦子に対する罪意識に苛まれるだろう。しかし、富
岡はいつまでたっても決断できない男である。邦子と別れないことは、邦
子と生きることを意味していなかったし、ゆき子との約束を反故にしたこ
とは、ゆき子と別れることを意味しなかった。
富岡の眼前にあるのは〈何か収穫があるような錯覚〉のみで、そんな
〈錯覚〉を眼の前にぶらさげて生きているような男の生自体が虚妄である。
〈日々を生きているだけの自分〉とは、極端な言い方をすれば、過去と未
来から切断された〈現在〉を生きている。富岡は妻の邦子と接している時
は邦子、ゆき子と接している時はゆき子との、その場限りの応対ですまし
ている。
富岡に本来的な意味での〈収穫〉はその視野に入っていない。〈日々を
生きているだけ〉の富岡に、大きな野望もなければ、自己探究の道もない。
ゆき子には淋しい砂漠の街を生き抜いていくというバイタリティが残され
ているが、富岡は彼が同情を寄せた濡れ鼡になった雑種の犬よりも惨めで、
自分の卑小と卑劣を虚無の袋に包んで抱きしめることしかできない。
今の富岡は自分の厚顔無恥に開き直って、家を捨て、ゆき子を捨て、一
人流浪の旅に出掛ける気もないし、自殺する勇気もない。水溜りの道を雨
に濡れながら、目的もなく歩き続ける富岡の頭に浮かぶのはゆき子を死の
道づれにすることだが、彼自身が未だ死の淵へ飛び込む決定的な衝動に欠
けている。強いてあげれば、事業の失敗による金銭的な負債であり、精神
的、思想的な次元での死への衝動ではない。
富岡の一番駄目なところは、死の道連れに妻の邦子ではなくゆき子を想
定してしまうことである。『浮雲』において最も悲劇的な女はゆき子では
なく邦子である。作者は邦子の内面を素通りして、専ら富岡とゆき子に照
明を当て続けたが、邦子がなぜこのような卑小卑劣な富岡に愛想を尽かさ
ず富岡家にとどまったかはひとつの謎である。邦子の悲劇は、富岡に裏切
られ続けたとことにあるというより、作者にゆき子の十分の一の照明もあ
たえられなかったことにあろう。ニウや、邦子にきちんとした照明を与え
ていれば、ゆき子の悲劇も相対化され、総じて人間全体の〈浮雲〉性が見
事に露呈されたことであろう。
大東亞戦争の美名のもとに戦い、命をなくした軍人や、敵国の空襲や原
爆投下によって命を落とした同胞に対して、生き残った者たちはどのよう
にその御霊を祀ったらよいのか。敗戦後、生き延びた日本人はすべてこの
課題を重く背負っている。富岡の生き方は、何らその課題に答えていない。
富岡の虚無や絶望などたかが知れている。とつぜん、かけがえのない命を
奪われた者や、その家族の無念や怒りや悲しみを、富岡の虚無や絶望は覆
えない。
戦争中、ダラットでニウやゆき子と悦楽の日々を送っていた富岡は、日
本で姑に仕えながら富岡家を守っていた妻の邦子ひとりの苦労や悲しみさ
え覆うことができない。富岡は戦争で肉親の誰一人犠牲にすることはなか
った。この点では伊庭もゆき子も同じである。彼らは、戦争の災禍を運良
く生き延びた者たちであり、親も妻も子供も犠牲にすることはなかった。
肉親に犠牲者を出した者たちの戦争と、そうでない者たちの戦争は、まっ
たく違う様相をもって記憶されるに違いない。
富岡やゆき子に、戦争の生々しい醜悪、卑劣、悪の体験は刻印されてい
ない。彼らは人を殺しはしなかったし、殺さなければ自分が殺されるかも
しれないという修羅場に立たされたこともなかった。殺害された死体や焼
けた死体を眼前に見ることもなかった。ゆき子や富岡が歩く、敗戦後の焼
け野原にはただ一体の死体もころがってはいない。空襲によって殺された
無数の死体の死臭は微塵も漂っていない。まさにゆき子は〈淋しい砂漠の
街〉を歩いたのであって、その砂漠は無数の死体の地を吸っていながら、
一滴の血の臭いすら完璧に消している。

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