2009
11.17

五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載34)

寺山修司・関係

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ラジオドラマ「大人狩り」
五十嵐綾野
 
寺山修司が、20代から30代前半にかけて最も力を入れたのがラジオドラマである。そのなかでも「大人狩り」という作品は、革命と暴力を煽動するとされて取り調べを受けることになった。
「大人狩り」は1960年2月7日(日)RKB毎日放送の「ラジオホール」という番組で30分間放送された。1959年には同じくラジオドラマ「中村一郎」が、民放大会番組コンクールで第一位となり、文部大臣賞を受賞している。
 「大人狩り」のあらすじを簡単に書いてみよう。福岡市の子供たちが、子供たちだけの社会を作り上げようと<革命>をおこす。大人たちは、子供たちにより捕虜、もしくは虐殺される。銅像を爆破したり、童話を焼き払ったりする。つまりは、大人のしつけや教育から、自分たちを解放させようとしている。この<革命>は九州を完全に占領するのだが、やがてどうしても大人になるという自然現象には勝てずに終幕する。
 一体何が問題だったのか。あらすじを読んだだけでもすぐに「作られた世界」であることがわかる。勝手に早とちりした大人のから騒ぎとも受け取れる。ところが実際に聞くと、予想以上に衝撃的であった。出演しているのは子供で、可愛らしい声なのだが、台詞が過激である。寺山も「大人の童話である」と言っていることもあり、完全に大人向けである。
この事件で思い出すのは1938年にアメリカで放送されたラジオドラマ「宇宙戦争」事件である。作品をプロデュースしたのはオーソン・ウェールズであった。これは後に映画化している。
これは、宇宙人が地球(アメリカ)に突然攻めてくるという内容で、実際のニュース速報のような形で放送されたため混乱が起きたとされている。番組放送中に、何度もドラマであるという放送をしたのにもかかわらず、現場からの報告はかなりのリアリティを持っており、多くの市民が現実の出来事と勘違いした。今日の研究により「宇宙戦争」事件の場合は、当時の国際情勢や新しいメディアであったラジオに対する偏見という不安要素が刺激され、多くのパニックを引き起こしたと言われている。
「大人狩り」と「宇宙戦争」の共通点は、ニュース速報のような始まり方をしたところである。「大人が狩り」は臨時ニュースの時のテーマとやや興奮気味のアナウンサーによってこのように始まっている。
「今晩はラジオホールで『水平線の恋唄』を放送することになっていましたが、突発的な事故のため、予定を変更し、ニュースならびに実況中継をお耳に入れることになりました。」
臨時ニュースと言われたら、人々が耳を傾けたくなるのが当たり前である。作品のタイトルを言う前に「音楽とタイトルを入れますがだまされてはいけません。これも子供たちの策謀なのです。」とつけ加えたことも巧妙に聞き手の不安感を煽っている。
このラジオドラマが放送されたのが、安保闘争の最盛期であったことも、事件に大きく関わっているだろう。寺山が「大人狩り」にどのようなメッセージを込めたのかということを受け取れなかった人たちが騒動を起こしたのだ。騒動といっても、「宇宙戦争」事件ほどのパニックは起きていない。この作品によってさらに、風潮が乱されることがあってはならないという動きが見えている。
寺山が、ラジオドラマを書き始めたのは、大学を中退した頃である。意欲的な作品が多い一方で、社会風刺を含んだ作品も多い。その辺りは寺山の詩人の直観力が働いたのかもしれない。このころの寺山の顔写真はとても鋭い目つきをしている。
ところが、この事件をきっかけに寺山はラジオドラマから離れていくことになった。その一方「大人狩り」は「トマトケチャップ皇帝」へと引き継がれていくのである。

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