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林芙美子の文学(連載89)林芙美子の『浮雲』について(87)

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林芙美子の文学(連載89)
林芙美子の『浮雲』について(87)

(初出「D文学通信」1293号・2009年11月07日)
清水正


富岡が鮮やかに思い浮かべる仏印の光景は〈紅樹林の景観〉
である。〈ぎらぎらと天日に輝く油っこい葉〉〈幹を支える蛸のよう
な枝根の紅樹林の壁〉とは、どんな逆境にも微動だにしない、
永遠性を獲得した本来的生命力の象徴そのものである。


2009年11月2 日(月曜)
干潟の泥土の中に、まるで錨を組みあわせたような紅樹林の景観が、
どっと思い出の中から色あざやかに浮んで来る。ぎらぎらと天日に輝く油
っこい葉、幹を支える蛸のような枝根の紅樹林の壁が、海防でも、サイゴ
ンでも港湾の入口につらなっていた。ビロードのようなその樹林の帯を、
富岡は忘れる事が出来なかった。もう一度、南方へ行ってみたい。
今度こそ、あの戦争中の狂人沙汰な気持ちから頭を冷して、静かに研
究できるような気がした。だが、幾度その思い出に耽ってみたところで、
身動きもならない身では、その考えもいたずらに心身を疲れさすだけだっ
た。
海を渡ることができないとなれば、泳いでも渡ってゆきたかった。家
の問題も、富岡にはどうでもよかった。このまま消えてゆけるものならば、
この息苦しさから抜けて、南方へ行く密輸船にでも身を託してみたいので
ある。
(234 〈十八〉)
富岡が鮮やかに思い浮かべる仏印の光景は〈紅樹林の景観〉である。
〈ぎらぎらと天日に輝く油っこい葉〉〈幹を支える蛸のような枝根の紅樹
林の壁〉とは、どんな逆境にも微動だにしない、永遠性を獲得した本来的
生命力の象徴そのものである。日本に引き揚げて来て疲労困憊のただ中に
置かれた富岡が、最も必要としているのはしっかりと大地に根を降ろした、
躍動感溢れる〈命〉そのものである。
日本での富岡の生は本来的なものから遠く離れ、衰微の一途をたどって
いる。両親と妻の待っていた〈家〉は、富岡のこの衰微をくい止めること
ができない。富岡を執拗に追い回すゆき子もまた、富岡の衰弱した生を活
気づけることができない。富岡とゆき子は〈干潟の泥土の中に、まるで錨
を組み合わせたような紅樹林〉を形成することができない。二人のセック
スは干からびたコホロギのそれであり、二つの肉体を一つに融合させ、新
しい命を発芽させることができない。別れたい男と、相手の気持ちを知り
ながら、なおしがみつかずにはおれない女との腐れ縁からは、何一つ創造
的なものは生まれない。
ゆき子の眼差しはあくまでも〈極楽のダラット〉に向いており、彼女は
富岡と自分の置かれた現実を直視して、創造的な未来を作りだす基盤に立
つことはできない。極端なことを言えば、富岡にたとえ邦子という存在が
なくても、ゆき子との間に発展的な関係が成立したとは思えない。富岡の
衰弱は、邦子やゆき子に関係なく、もっと深いところで進行していたよう
に思える。
富岡は山林事務官であったが、官吏と言うよりは、一人の研究者として
捕らえたほうが、より彼の本質に肉薄できるのかも知れない。『浮雲』で
は、戦争中、人々がどのような〈狂人沙汰な気持ち〉でいたのか具体的に
描かれることはなかったが、クールな毒舌家ぶりを発揮していたダンディ
富岡といえども、日本人全体が抱いていたであろう〈狂人沙汰な気持ち〉
から逃れることはできていなかったということであろうか。
富岡が、もう一度〈南方〉へ行ってみたいと望むのは、ゆき子との〈極
楽〉の日々を取り戻すためではなく、あくまでも静かに〈研究〉するため
であるが、『浮雲』の富岡からは、生粋の研究者の肖像は容易に浮かび上
がってこない。これは作者が、ダラットでの富岡をゆき子やニウの性愛的
関係を通して描いたからであろうか。日本での富岡も、邦子やゆき子、お
せいといった女性との関係を通して描かれ、彼の研究に対する情熱は二の
次に置かれていた。富岡にかかわり合った女たちは、研究者富岡に惹かれ
た結果というよりは、ダンディで恰好いい、性愛的魅力のある富岡に惹か
れていたと言っていい。
女たちは、富岡の精神の深部に立ち入ることはないし、読者にそれとは
っきり認識できる富岡の深い精神性が描かれているわけでもない。ゆき子
は富岡の背中に浮き出ていた〈卑しさ〉に惹かれて、彼の後を追ったくら
いであるから、『浮雲』において主人公たちの精神の崇高性など、はじめ
から問題にされていないと言ったほうがいいだろう。
実際問題として、富岡は邦子に対しても、ゆき子に対しても何ら具体的
な解決策を提起することはできないし、ひとり〈南方〉へと逃げだすこと
もできない。まさに富岡は八方塞がりの状態に追い詰められ、ひとり疲労
困憊して実現できない夢想につかの間耽ることしかできない。が、〈南方
へ行く密輸船〉の夢想もまた、すぐに現実の声によって覚まされる。

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