2009
11.04

五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載31)

寺山修司・関係

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V-ROCK FESTIVAL 09に参加
 五十嵐 綾野

 2009年10月24・25日に幕張メッセにて開催された、V-ROCK FESTIVAL 09に参加した。2日間で3万人を動員したと言われている。これは世界最大級のヴィジュアル系バンドの祭典である。
 海外ではアニメと同じく日本の文化としてヴィジュアル系は絶大な支持を受けている。それにもかかわらず、日本ではヴィジュアル系の大きなイベントは開催されることはなかった。どのようなフェスなのか、また寺山修司とヴィジュアル系の関係性も何か見つけられる気がして非常に興味を持ったのである。
 参加している人たちは、ゴスやロリータファッションできめている人もいれば、ラフな服装の人もいる。年齢層は10代から50代ぐらいまで。とくに、外国人のファッションは目立っていた。ロリータを上手く着こなしている人もいれば、見たことのない個性的な人もいて面白い。撮影できなかったのが残念である。英語、フランス語、韓国語ぐらいはなんとなく聞き取ることができた。
 会場にはL・Rステージと少し離れたところにS・Vステージの計4つのステージがある。それらが交互に入れ替わりながら進行していく。待ち時間には退屈しないように、サイン会やアーティストとの撮影会などが行われている。スタンディングの場合、どれだけステージの近くに行けるかが問題になるので、待ち時間に退屈するというのはないのではないか。
 そういっても、最近のヴィジュアル系はほとんどわからない。タイムテーブルを見てもほぼ知らないアーティストである。フェスは午前11時から始まり午後21時まで続く。お目当てのアーティストはMarilynMansonだけである。登場するのも最後なので、とにかくひとつでも多くのステージを見ることに専念した。
 見たアーティストは、PENICILLIN 、jealkb 、ニンジャマンジャパン、D、 Angelo 、AliceNine 、PlasticTree 、abingdonboysschool、La’crymaChristi 、MarilynMansonである。一瞬だけ見たものを含めたらもう少しあるが、意外と見たのではないかと思う。
 一日中ヴィジュアル系に浸って、改めて日本文化の柔軟性について考えさせられた。表向きはミュージシャンなのだが、そんな一つのカテゴリーには当てはまらない。極めて雑多な集合体であった。私が一番ヴィジュアル系を好きだったのは、今から10年ほど前の話なのでかなり雰囲気が違う。ノリ方もついていけない。正直に言えば首をかしげたくなるアーティストもいる。それでも、ヴィジュアル系が続いているのはアーティストと共鳴するファンの底力のせいだろうか。
 例えば、かなり激しいへヴィメタルのイントロがいつのまにか歌謡曲調に変わったりする。この歌謡曲調への変化が非常に多い。これはやはり、年齢に関係なく「日本人」に染みついているものなのかもしれない。
 ロック=8ビートという決まりはどこにもない。クラッシックもジャズも心地いいと思うものは全部一緒にしてしまおうという、ある意味とっても欲張りな音楽である。そしてめちゃくちゃである。このことに違和感を持ってもおかしくないはずだ。それを「おかしい」ではなく「独創性」に変えてしまうところが日本文化である。
 かつて寺山は「もともと、あらゆる物語は書かれつくされてしまっていたのである。これからの作者の仕事は、消すという手作業でしかない」と言っていた。確かに全て書きつくされて、表現しつくされている。それは音楽や文学に限らない。ヴィジュアル系も寺山も同じである。
 では寺山の作品はなんなのだろうか。あちこちから切り張りする作業は果たして「消す」作業なのか。「消す」だけでは作品は出来ない。寺山は消して書き直していたのだ。寺山の作品全てが創作ではなくただの「手作業」で出来ていたと考えるとなんだか恐ろしくも思えるのである。

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