2009
10.21

 「日本文学特論Ⅱ」(日芸大学院講座)坂本綾乃(連載13・14)

日本文学特論Ⅱ

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清水正ゼミ雑誌(昭和58年)の表紙
坂本綾乃(連載13)
ムイシュキン侯爵様
坂本綾乃(連載14)
ロゴージン様


坂本綾乃(連載13)
  ムイシュキン公爵様
 公爵様、こうやってあなたに手紙を書くことを決めたのは、私はどうしようもなくあなたに惹かれてしまったからなのです。不躾ではありますが、あなたに思いを込めて筆を取らせていただくことをお許しください。
 公爵様、あなたがもし、もしですよ、あの日ペテルブルク行きの列車に乗っていなかったなら、これをいってしまえば何も始まらないことは分かっています。でも私は何故あなたがあの日の列車に乗ってしまったのだろうと思うのです。同じ列車だったとしても、なぜロゴージンと同じ席に座ってしまったのでしょうか・・・。あなたが、ロシアに帰ろうと決めた瞬間から、運命の歯車は回り始めたのかもしれませんね。たとえ列車でロゴージンと出会っていなかったとしても、あなたはナスターシャに出会い惹かれ、そしてロゴージンに出会うことは決まっていたのかもしれません。
 確かにナスターシャは魅力的な女性です。私がもし男だったら彼女の謎めいた魅力とその美貌に惹かれたことでしょう。あなたは彼女があなたに思いを寄せていたことにお気付きでしたでしょうか?そう、ロゴージンを選びながら彼女はあなたの幸せを願っていたのです。あなたは気付いていたのでしょうね・・・。アグラーヤが何とかしてあなたを繋ぎとめようと、しまいと、あなたとナスターシャはやはり結びついていたのかもしれません。
 ロゴージンさえいなかったなら、と私は思ってしまうのです。あなたは一瞬でもそのような思いがよぎったことはおありですか? 私が勝手に惹かれたあなたならそんなことは露ほど思っていないと信じています。
 話は変わりますが公爵様、あなたのことを人は馬鹿にするかもしれません。あまりにも世間知らずであると。しかし、私はそうは思えないのです。あなたは確かに人が良いでしょう、しかし人が良いといったところに私は惹かれたのではありません。他人の言動に対して寛容で、仮に疑ったとしても、その疑念を抱いたことに対して恥じ入る自制心を持つあなたは人として好感をもたれるでしょう。そんなあなたが、ナスターシャをアグラーヤを愛したことが、ロゴージンとは違った意味で人間くさいのです。人を愛すること、その真直ぐな姿勢がとても美しく思えたのです。
 私が、あなたを最初に知ったとき、あなたの「白痴」の症状は回復していて、言動も正常で、教養もある、そんなあなたのままであったのなら、私はここまであなたに惹かれることはありませんでした。最後の最後であなたが「白痴」に戻ってしまったことが私を惹きつけたのです。
 この手紙を読んでいる時のあなたは、「白痴」のままでしょうか?
 それとも症状がだいぶ回復されているのでしょうか?
 願わくは、「白痴」のままであって欲しいのです。
 なぜなら、私はあなたがスイスから戻った後で経験したことを間接ながら知っているのですから、「白痴」の状態に戻ってしまったあなたにゆっくりと時間を過ごしていただきたいと勝手ながら願っているのです。
 最後になりますが、あなたに出会えたことを嬉しく思います。
坂本綾乃(連載14)
ロゴージン様
 突然のお手紙で失礼いたします。
 どうしてもあなた様に伝えたいことがあって、こうして手紙を書くことを決めました。読み終えて、気分を害してしまわれたなら、申しわけありません。どうぞ、この手紙を、破って棄ててください。
 ロゴージン様、私はあなたのことを嫌いになれればどんなに楽だろうと思うのです。
あったことも無い、一人の女にいきなりこう言われても、何のことだか全く分からないでしょう。失礼ながら、私はあなたのことをかなり間接的な方法で知っているのです。ムイシュキン公爵との間に何があったのかも、知っております。
 はっきり申し上げて、私はムイシュキン公爵様に惹かれてしまっているのです。
なら、なぜ恋敵であるあなたにこうして手紙を書いているのかと言えば、先に申したとおり、私はあなたを心から嫌いになることができないのです。
 最初、あなたのことが嫌いと言うか、憎らしくてたまらなかったのです。しかし、よくよく時間を置いてみると、なぜ、ナスターシャがあなたの元へ行ったのか少しだけ分かる気がしたのです。
 あなたは、粗暴で、大胆かつ自己中心的な人間であるかと思うのです、そうまるでムイシュキン公爵様とは正反対の方であると同時に、ものすごく真直ぐで曲げない信念をお持ちの方であることが、ナスターシャに対しての行動からうかがう事ができるのです。
 私は、あなたが愛するナスターシャに対して何をしたか知っています。その結果あなたが、シベリア徒刑になったことも・・・。
 そう、あなたのその傲慢な振る舞いもどちらかと言えば嫌いなのですが、それさえ霞んでしまう、真直ぐさを私は嫌いになることができなくて苦しんでいるのです。
 なぜ、あなたはあの日、シベリア行きの列車の中でムイシュキン公爵様に話しかけられたのですか? 
 なぜ、あの日あの時間に列車に乗られたのですか?
 出会わなければ、話しかけなければ、あなたもこのような結末を向かえないですんだかもしれないのに・・・。
 あなたと出会わなければ、ムイシュキン公爵様は「白痴」に戻らないですんだかもしれないのに、ああ、そう考えると私はやっぱりあなたが憎いのかもしれません。
 ナスターシャを殺した時に、殺してしまうほど思っていたのなら後を追えばよかったでしょうに・・・。
 やっぱりあなたは自己中心的な人間ですね。
 でも、あなたは私をムイシュキン公爵様とは違った意味で惹きつける不思議な人です。
 ナスターシャもそうだったのかもしれませんね、そう考えるとあなたは罪な人だ。
あいにく私にはナスターシャのような魅力は全くありませんが、あなたに少なくとも心惹かれる一人の女性がいることを一瞬でも知っていただけたら幸いです。
 最後に、やっぱりあなたがどう思おうともこの手紙は破って棄ててください。
               ロゴージン様へ間接ながらあなたのことを知る女より

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