清水正のチェーホフ論

【老教授ニコライの手記の特徴】…チェーホフ『退屈な話』を読む(11)

嫌われているカーチャ、余計者ニコライ
老教授が伝えるのは妻のワーリャと娘のリーザがカーチャを嫌っていることである。二人の身内の女性がなぜカーチャを嫌うのか。その点に関して老教授は次のような見解を述べている。
わが輩はなぜ嫌うのかわからないが、それがわかるには女にならねばならないらしい。首を賭けてもいいが、わが輩がほとんど毎日講堂で顔をあわす百五十人の若き男性や、毎週きまって出会う百人ほどの年配の男性のうちで、カーチャの過去、すなわち不義の妊娠や私生児に対する憎悪や嫌悪を理解できる者はまずひとりもいまい。と同時に、知合いの女性や娘のうちで、意識的にせよ本能的にせよそうした感情を抱かないですむような女性を、わが輩はどうしても思い起こすことができない。しかもそれは、女性が男性に比べて美徳に敏感で純粋だからではない。美徳にせよ純粋さにせよ、悪意の感情を断ち切っていない限り、要するに悪徳と五十歩百歩ではないか。わが輩はつねづねそうした男女の違いを、女性につきものの後進性で説明している。今日の男性が不幸を見た時に経験する物悲しい同情の気持や良心の痛みのほうが、いたずらな憎悪や嫌悪よりも遙かに文化や道徳的な成長について雄弁に語っているように思う。今日の女性は、中世の女性と同じように涙もろくて情操に欠けている。わが輩に言わせれば、だから、女性に男性と同じ教育を受けさせようと勧告する人びとは、全く道理にかなった振舞いをしているわけである。
妻がカーチャを嫌うのには、その他にもわけがあった。カーチャが女優になったこと、恩知らずなこと、傲慢なこと、風変りなこと、それからまだ、ひとりの女性がもう一人の女性にいつも見出す数かぎりのない欠点のためである。
ニコライ・ステパーノヴィチの手記には一つの特徴がある。先にわたしは叙述の混乱と指摘しておいたが、さらにもう一つ、明らかに見解の異動が見られる。彼はなぜ妻と娘がワーリャを嫌うのか分からないと書いておきながら、すぐに自分の見解を述べている。要するに彼の見解によれば、妻と娘はワーリャに悪意の感情を持っているということになる。彼はその悪意の源泉が、ワーリャが〈女優〉になったこと、および〈恩知らず〉〈傲慢〉〈風変り〉にあったというように分析している。これだけ明晰にワーリャが嫌われる理由を書いているのに、最初に「わが輩はなぜ嫌うのかわからない」と断っているのだから、まさにその理由がわからない。
考えられるのは、手記の主体であるニコライ・ステパーノヴィチが六十二歳の惚けはじめた老教授という設定の枠から飛びだして、二十九歳の気鋭の小説家チェーホフの明晰な見解を獲得してしまうということにある。他のチェーホフの作品論でも指摘したが、彼の小説には語り手の明晰な分析や批評が入り込んでいるので、読者や批評家の〈批評〉を受け付けないようなところがある。チェーホフの叙述は、批評は読者に任せるといったものではない。語り手は一級の〈批評家〉としても自らの作品に参加しているので、批評家はさらなる批評家であることを要請されることになる。
さて、わたしはどこまで丁寧に老教授の〈手記〉につきあうべきなのか、今そのことが頭の隅に浮かんで消えていった。彼は娘リーザの男友達グネッケルが家にやってきて一緒に食事することに退屈といらだたしさを覚える。なるほど老教授もまた年頃の娘を持った父親のやりきれない気持から逃れることはできなかったということか。彼は苛立ち、腹立たしい気分に襲われ、それから逃れないようになる。彼はカーチャの部屋を訪ね、次のような愚痴をこぼすまでになる。
「王さまの一ばん立派な、一ばん神聖な権利は、・・慈悲をたれる権利だ。わたしはその権利を無制限に行使してきた以上、いつも王さまのような気持でいられた。わたしは一度も人を裁いたことはないし、いつも寛大で、誰かれなしに喜んで許した。他の人びとが抗議をしたり憤慨したりするところを、わたしはただ忠告したり説いて聞かせたりしたものだ。生涯わたしは、自分の存在が家族や学生や同僚や、使用人にさえも、重荷にならないように、ただそれだけを努力してきた。そしてこうした人に対する態度が、わたしに接したすべての人びとによい感化を及ぼしたものだ。ところが今では、わたしは王さまではない。わたしの内部に、奴隷にしかふさわしくないようなある種の気持が起って、昼も夜も頭の中に邪悪な考えがさまよい、心の中には今まで知らなかったようないろいろな気持が巣くってしまった。悩みもする、軽蔑もする、叱り飛ばしもする、憤慨もする、恐れもする。度はずれに厳格な、やかましい、怒りっぽい、無愛想な、疑い深い男になったのだ。以前にはせいぜい余計な洒落の一つも飛ばし、おおらかに笑ってすませた瑣細な事柄が、今はわたしの内部に重苦しい感情を生みつける」
老教授は王さまの慈悲と寛大な精神から奴隷のような憎悪、憤慨、猜疑の虜になってしまったと嘆く。この変貌はいったいどこから生じたのであろうか。彼の手記を追ってきた者にとって自然に考えられるのは、一人娘リーザに恋人ができたということだろう。老教授はリーザの恋人の存在を認められないのだ。妻に説得させられて、いちおうリーザの結婚に同意の返事をしたものの、本心はまったく違うのだ。それにしても彼は、なぜ余命半年の自分の運命を妻や娘に語らないのだろう。彼は今や、一人ぼっちであり、妻も娘も信頼できないのであろうか。否、彼には愚痴を聞いてくれるカーチャがいるではないか。そのカーチャはきっぱりと「おじさまはご家族ときっぱり縁を切って、どこかへ行っておしまいになることが一ばん必要ね」「何もかも放り出して、どこかへ行っておしまいなさいな。外国へいらっしゃい。早ければ早いほどいいわ」と言い切る。カーチャによれば、ニコライ・ステパーノヴィチは〈余計者〉ということになる。
さて、問題は何ひとつ解決しない。妻と娘がカーチャを嫌っていること、それに劣らずカーチャもまた彼女たちを嫌っていること・・この確執の問題はなんら解決の方向へと向かうことはない。ニコライ・ステパーノヴィチがリーザの結婚に賛成していないこと、この問題も何ら解決していない。老教授は解決すること、決断することを回避しているように見える。問題がそれ以上深みにはまらない前に、老教授は場所を変える。あるいは必ずそこへ誰かが入ってきて、問題は宙づりにされる。例えば、カーチャが老教授に向かって〈余計者〉呼ばわりしたときがそうだ。老教授のどこが、どのように〈余計者〉なのか。これからどんな議論が展開されるのか、そう思っていると突然そこへ〈小間使〉が現れて、話は中断する。まさにとってつけたようなタイミングで第三者が登場し、問題は曖昧なままに処理されてしまう。話は〈余計者〉から、老教授の〈思い出ばなし〉へと変換されてしまう。老教授は次のように語る。
わたしは夢に描いた以上のものを手に入れた。三十年間、わたしは教授として愛され、すばらしい同僚に恵まれ、名声を一身にあつめた。恋もした、熱烈な恋愛結婚をして子供をもうけもした。要するに振り返って見ると、わたしの一生は美しい、天才の手で書きあげられた一篇の楽曲だったわけさ。今はただフィナーレを損なわないようにしさえすればいい。そのためには人間らしい死に方をする必要がある。もし死が真実さけえぬ禍いであるなら、教師として、学者として、キリスト教国家の市民として恥かしからぬように、朗らかに、安らかな心で死を迎えねばならない。ところがわたしはフィナーレを台なしにしている。溺れかけて、お前のところへ駈けつけて、救いを求めている。それなのにお前は、溺れちまえ、そうするのが一ばんいいと言う。
ニコライ・ステパーノヴィチは自分の人生を振り返って「わたしの一生は美しい、天才の手で書きあげられた一篇の楽曲だった」と言う。『黒衣の僧』のコヴリンが狂気に落ちずに長生きすれば、まさにこの老教授になったのではないかと思わせるセリフである。さて、この若き日の夢を実現し名声を博して、今や余命半年に迫った老教授の最大の問題が〈死〉であることは明白である。彼は人生のフィナーレを台なしにしていると嘆く。カーチャに救いを求めているのだと告白する。ここに引用した老教授のセリフの中には重要な問題が幾つもこめられている。老教授は〈死〉をどのように捕らえているのか。彼は死後の世界を信じているのか。彼はカーチャにどのような救いを求めているのか。
ニコライ・ステパーノヴィチは〈一〉章で、余命半年足らずの身にとって〈あの世の闇〉や〈わが輩の死後の夢を訪れる亡霊〉の問題について取り組むべきかもしれないが……云々と書いていた。この時も彼はこの問題に真剣に取り組むことはしなかった。わたしは〈死後の夢を訪れる亡霊〉が何を意味しているのか分からないと表明しておいた。原典に則して分かりやすく言いなおせば、死んで墓場に眠っている〈彼〉(ニコライ・ステパーノヴィチ)のところへ〈亡霊〉が現れるということであるが、〈亡霊〉と訳されたвидение(幻、幻像)が何を指しているかが問題である。が、老教授はこういった問題を掘り下げることはなかった。ここでも彼は〈人間らしい死に方〉やフィナーレを台なしにしていることについては触れているが、死後の問題についてはまったく触れようとしない。
それよりなにより、ここでも二人の会話はとつぜんの来訪者によって断ち切られる。これはニコライ・ステパーノヴィチの問題というより、作者チェーホフの問題に帰した方がいいのではなかろうかとも思う。チェーホフは死後の問題、ドストエフスキーがその文学の世界において徹底的に問題にした〈魂の永世〉の問題、〈信仰〉の問題を妙に回避しているように思える。

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