2009
10.08

林芙美子の文学(連載59)林芙美子の『浮雲』について(57)

林芙美子の文学, 林芙美子関係

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林芙美子の文学(連載59)
林芙美子の『浮雲』について(57)

(初出「D文学通信」1263号・2009年10月08日)
清水正


ゆき子は、静岡に〈実家〉があるが、
その実家は名ばかりの、架空の実家に等しい。
林芙美子はゆき子の実家を意識的に触れない。
母親と義父と行商で暮らしていた林芙美子の幼少時代
を反映しているのか、ゆき子の実家は設定上存在するだけで、
実質的には不在なのである。


2009年10月4日(日曜)
どうしてゆき子は富岡に〈我ままいっぱい〉に甘えることが許されない
のか。それは、ここがダラットという〈極楽〉ではなく、戦争に負けたば
かりの日本の〈現実〉だからである。ゆき子は、静岡に〈実家〉があるが、
その実家は名ばかりの、架空の実家に等しい。林芙美子はゆき子の実家を
意識的に触れない。母親と義父と行商で暮らしていた林芙美子の幼少時代
を反映しているのか、ゆき子の実家は設定上存在するだけで、実質的には
不在なのである。
ゆき子は、日本に引き上げて来てから、一度も静岡の実家に限らず、不
倫相手の伊庭の家に仮住まいを決めて、富岡一人を頼りにする。が、富岡
にはゆき子と違って実在する〈家族〉があり、その家族を養っていかなけ
ればならない。富岡にとってダラットでの出来事はニウとのことも含めて、
あくまでも〈架空〉の現実離れしたファンタジーの世界であって、その虹
色の風船は日本が戦争に負けた時に破裂したのである。
しかし、ゆき子は、その破綻を自覚することができず、富岡の日本に帰
ったら妻と正式に離婚しゆき子と結婚するという口約束を信じてしまった。
ゆき子は富岡の〈空手形〉を力一杯に握りしめて故国へと引き上げてきた。
しかし、空手形は空手形であって、そこから実利を引き出すことはできな
い。〈空手形〉を握らせた詐欺師の富岡を徹底的に罰するというのであれ
ば、ゆき子は邦子にすべてを話して富岡家自体を破滅に導くこともできた
であろう。が、ゆき子はそういった手段はとらない。
ゆき子が富岡に縫い付けた爆弾は、たとえ発射ボタンを押しても相手に
致命傷を与えない爆弾であり、しかもゆき子はその発射ボタンを一度も押
さないことで、富岡を逃さないのである。こういったやり口がゆき子が富
岡にとった一種独特の〈復讐〉の仕方であって、ゆき子は自らの死をもっ
てその〈復讐〉を貫徹したとも言える。
ゆき子は富岡の抱えている〈現実〉と〈心理〉を無視して、富岡に寄り
縋っているのでもなければ、その嘘を厳しく非難しているのでもない。ゆ
き子はゆき子で富岡の置かれている〈現実〉を理解した上で、富岡に甘え
きれない現状を呟くように愚痴っているのである。愚痴は相手に対する批
判、非難というよりも、自分自身へ向けての鞭打ちである。ゆき子は自分
で自分を傷つけ、その傷口を相手に見せることで同情をひこうとする。
ゆき子は、富岡の心が彼女から離れていることを知っているから、その
ことをお互いにはっきりと確認し合うことが、決定的な〈別離〉に発展す
ることを恐れている。ゆき子は、富岡に〈別れのカード〉を懐から出させ
るようなことはしない。「貴方は、いまでも他の事を考えているンじゃあ
りませんか」と、相手の心のうちを突く危険な言葉を発した後、微妙な間
を置いて「でもね、無理な事は云いませんから、何とか私の住むところを
みつけて、時々逢って下さい」と殊勝な言葉を口に出す。
ゆき子は単なるロマンチストでも、破綻へと一直線に駆け抜けていく情
熱家でもない。現実を踏まえた上で、夢見るリアリストであり、そのバラ
ンスは危うく保たれている。ゆき子が富岡に出している現実的な要求は、
妻邦子と離婚して自分と結婚してくれということではない。〈住むとこ
ろ〉を見つけて、〈時々逢って下さい〉というのが、ゆき子の要求である。
この、ゆき子にしてみれば限りなく妥協した要求を、もし富岡が拒むと
すれば、彼における最後の砦とも言うべき〈ダンディズム〉を捨て去らな
ければならないことになる。富岡は、邦子という妻があっても、ニウと関
係し、ゆき子と関係する。そのことに罪の意識など感じたことはただの一
度もないし、ゆき子に結婚の約束をしておきながら、その約束をはたせな
いことに心の底から苦しんだこともない。富岡の虚無の内的空間に、人間
社会の倫理や道徳が食い込んでくることはない。
男と女の問題は、男と女の次元を越えることはない。邦子が富岡とニウ
やゆき子との関係を知ればとうぜん苦しむだろうが、それは妻として、女
として苦しむのであって、夫が倫理に反したからではない。ニウやゆき子
にしても同様である。ゆき子は〈約束〉を守らなかった富岡を、契約不履
行の罪人として罰することもないし、軽蔑して立ち去ることもない。富岡
には別れることのできない妻があり、ゆき子はそんな男と別れることがで
きないという、そういう事実があるだけのことである。
ゆき子のしたたかさは、富岡の性格を的確に掴んだ上で存分に発揮され
ている。富岡はゆき子に住む場所を探して提供し、そして時々逢って情交
を結ばなければならない。富岡は、〈過去の事〉をすっきり精算して新生
活を営むつもりが、〈過去の事〉を〈現在〉に結びつけようとするゆき子
の思惑を断ち切ることができない。
「時々逢って下さい」の後に、林芙美子は「……。」と続ける。富岡は
ゆき子の言葉に反応しない。富岡はゆき子ときっぱり別れたいと思ってい
るのだから、ゆき子の住む場所くらいは面倒みてやろうと思っているが、
本心は〈時々〉でも逢いたくはないのである。〈時々〉でも逢ってしまえ
ば、ゆき子との腐れ縁を断ち切れない。そこで、ゆき子は富岡の思いを察
して「私、すぐにでも働きたいのよ」と、まずは富岡の経済的な負担がい
くらかでも軽くなるような言葉を発する。続いて「私は、貴方の本当の奥
さんにはなれないように生まれついていンだわね」と哀しく呟いてみせる。

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