2009
10.03

林芙美子の文学(連載54)林芙美子の『浮雲』について(52)

林芙美子の文学, 林芙美子関係

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林芙美子の文学(連載54)
林芙美子の『浮雲』について(52)

(初出「D文学通信」1258号・2009年10月03日)
清水正


何かを描ききるためには、
絶対に描いてはいけないものを抱え込んでいなければならない。
『浮雲』においては、富岡の妻邦子が、
完璧にではないがその役割を負っている。


『浮雲』という小説は長編であるが、富岡と邦子、富岡とニウの関係な
どをきめ細かく描けば、はてしのない大長編となったであろう。さらに富
岡と加野久次郎、伊庭杉夫などに、自らの〈思想〉を存分に表明させ、議
論させれば、宗教、天皇、戦争などをめぐって、発表自体が許されないよ
うな大思想小説となった可能性もある。
なにもかも皿に盛ってしまおうとする小説家がおり、ただの一品に勝負
をかける小説家がいる。『浮雲』は〈一品料理〉とは言えないが、富岡を
ゆき子の眼差しに限定して描き切ろうとする手法には、林芙美子の並々な
らぬ〈思い〉が込められている。何かを描ききるためには、絶対に描いて
はいけないものを抱え込んでいなければならない。『浮雲』においては、
富岡の妻邦子が、完璧にではないがその役割を負っている。
邦子がその姿を現すのは〈十六〉においてである。それまで、邦子はだ
れの眼差しにも晒されておらず、富岡がイメージする〈邦子〉さえ、読者
には伏されたままであった。ゆき子は、思い切って富岡家を訪ねても、玄
関から奥に入ることはできない。優柔不断な富岡に焦れて〈奥さん〉のこ
とを何度も口にするが、その〈奥さん〉は決して実体感をもって現れてこ
ない。これでは、いくら嫉妬の感情を燃やしても、相手に火をつけること
もできない。ゆき子は最初の訪問において、富岡家に潜む〈邦子〉という
〈御神体〉に直接触れることも、眺めることもできず、ただひたすらその
回りをまわっているほかはなかった。
行くべき場所も、帰る場所もなく、街を彷徨ったあげく、ゆき子は再び
伊庭杉夫の家(と、言っても伊庭は疎開先からまだ戻っておらず、軍人上
がりの四十年配の男とその妻、四人の子供が伊庭から家を借りて住んでい
た)へと戻っていかざるを得ない。

2009年9月23日(水曜)

昼過ぎになって、ゆき子は鷺の宮へ戻った。二つばか
り残った蜜柑を、子供たちへくれて、伊庭の荷物のある部屋へ這入ったが、
人気のない部屋は寒くて淋しかった。
ふっと思いついたように、ゆき子は伊庭の荷物を眺め、何かめぼしい
ものを探して売ってしまいたい気がした。そうした事が、伊庭へ対するふ
くしゅうのような気がした。めぼしいものを売って、当分の生活費にして
暮しても悪くはないような気がした。荷物をほどくにしても、自分の預け
てあるものを探すのだと言えば、此の家の人達は怪しまないだろう。また、
たとえ、伊庭が来て、荷物がなくなっているのを知っても、ゆき子のやっ
た事ならば、とがめるわけにもゆくまいと思えた。
(216 〈十五〉)
林芙美子は昼過ぎに鷺の宮に帰ったゆき子を描き、富岡が邦子の待つ家
に帰った、その興味深い場面をいっさい描かない。読者はゆき子と共にあ
ることを求められている。ゆき子は孤独であるが、富岡の両親と一緒に暮
らしている邦子の孤独はそれ以上のものだと言ってもいい。邦子は、〈五
十年配の品のいゝ老婦人〉を前にして、夫の一夜の外泊に関して一言の不
満ももらすこともなかったのであろうか。
夫にたいする疑惑や不信を心の奥底に潜めて、夫の両親と生活を共にし
なければならなかった邦子のことを想えば、読者はゆき子のことばかりに
注意を向けてもいられないのだが、林芙美子はわざとのように邦子には眼
差しを送らない。
林芙美子はゆき子の主観に寄り添ったかたちで、一夜を外泊した富岡に
関して「家族のものは、富岡に対して、不安を持たないだろう」と書いた。
ここにゆき子の自分勝手な強引な性格が端的に現れている。ゆき子は、自
分のことは、裏切られて悔しい思いをしたり、悲しんだり、苦しんだりす
る人間だと思っているが、邦子のことはまるで、感情のない人形のような
ものと見なして、あっさりと切り捨て、決して邦子の立場に立って同情を
寄せることがない。
ゆき子は、伊庭の愛人であった時もそうだが、決して同性の女に同情を
寄せることはない。ゆき子にとって篠井春子がライバルであったように、
伊庭の妻真佐子も、富岡の妻邦子も、隙あらば蹴落として、自分が妻の座
につこうとする野望を隠していない。ゆき子は自分の感情に極めて素直な
女で、きれいごとで物事を判断することはない。ゆき子が伊庭の荷物のな
かからめぼしいものを売り払って、当分の生活費にしようと考えた時にも、
良心が疼くとか、これは悪いことだとかいう意識は微塵も働かない。何故
か。
それは上京して一週間もたたないうちに伊庭に処女を奪われたことにた
いする〈復讐〉の念が鬱積していたからである。ゆき子の意識のうちに、
自分が伊庭を誘惑したのかもしれないなどという思いは微塵もない。ゆき
子は一方的に伊庭に犯され、三年もの間、伊庭の性欲の犠牲になっていた
という思いが強い。
作者もまたゆき子の心理、意識に寄り添って描写を展開していくので、
ゆき子の深層心理に肉薄していくのは批評の役目ということになる。ゆき
子は真佐子と張り合っていたからこそ、真佐子に感づかれないように伊庭
との情交を続けた。もし、真佐子にではなく、ゆき子に子供が授かってい
れば、伊庭との関係も違ったものになった可能性がある。
いずれにせよ、『浮雲』全編を通して浮かび上がってくるのは、ゆき子
が伊庭よりは、はるかに富岡に惹かれていたということである。ゆき子は、
伊庭にたいしては〈ふくしゅう〉を意識するが、富岡にたいしてはその思
いを〈秘中の秘〉として心の奥底に沈めてしまった。わたしに言わせれば、
富岡が別離のカードを胸懐に忍ばせているのを知っていながら、どこまで
も知らんぷりを決め込んで、執拗に富岡にまとわりつくこと自体が、彼女
の富岡にたいする〈復讐〉である。
夕方になって、ゆき子は此の家の人からさつま芋を分けて貰って、一
緒にふかして貰った。
芋を食べながら、猫間障子の硝子越しに狭い庭を見ていると、汚れた
躑躅の植込みに、小さい痩せた三毛猫がじいっと何かをうかゞっていた。
春さき、牡丹色の花が咲いた躑躅を思い出して、昔のことが、まるで昨日
のように思えた。猫は暫くしてから、のそのそとものうげに垣根のそばの、
枇杷の木の下のくゞって外に出て行った。
ゆき子は障子を開けて、廊下へ出て行き、猫を呼んでみたが、仔猫は
戻っては来なかった。
(216 ~217 〈十五〉)
芋は蜜柑のお礼であろうか。敗戦後の日本の庶民はみな貧しく、すきっ
腹はもっぱらさつま芋で満たしていた。
ゆき子が猫間障子から見る〈小さい痩せた三毛猫〉は、行きどころを失
って彷徨うゆき子の姿を反映している。が、小さな野良猫は自立していて、
人間の世話になぞならないという野性の気概を持って生きている。片やゆ
き子は、伊庭の持ち家に寄宿して、精神的にも経済的にも〈男〉に依存し
なければ生きていけない。女はみな猫のような性格を備えているが、ゆき
子の場合は、猫というよりは、飼い主に執着して離れない犬的な性格を多
分に持っている。
ゆき子がダラットから東京に着き、西武線の鷺の宮で降りて広い道を歩
いている時、三人ばかりの若い女がゆき子のそばを通り抜けて行った。そ
の時の女たちの会話を作者は次のように書いている。
「今日、横浜まで送って行ったのよオ。どうせ、ねえ、向うには奥さん
もあるンでしょう……。でも、人間って、瞬間のものだわねえ。それでい
ゝンだろう……。友達を紹介して行ってくれたンだけどさア、何だか変な
ものよねえ。自分の女にさア、友達をおっつけて行くなンて、日本人には
判らないわ……」
「あら、だって、いゝじゃないの。どうせ、別れてしまえば、二度と、
その人と逢えるもンでもないしさア、気を変えちゃうのよオ。あたしだっ
て、もうじき、あの人かえるでしょう……。だからさア、厚木へ通うのも
大変だしね、そろそろ、あとのを探そうかと思ってンのよ……」
ゆき子は、賑やかな女達の後から足早やについて行った。そして、声
高に話している女達から聞く話に、日本も、そんな風に変ってしまってい
るのかと、妙な気がしてきた。
(171 〈二〉)
若い女達の言葉が、ゆき子の胸に堪えなかったはずはない。日本の女と
束の間関係し、奥さんの待っている故国へと帰っていくアメリカ兵、ダラ
ットで束の間ゆき子と関係し、奥さんの待っている日本へと引き上げてき
た富岡……。戦勝国の男も、敗戦国の男も、やることにさしたる変わりは
ない。
妻の元へと帰っていく男のことでくよくよしてもはじまらない。
「気を変えちゃうのよ」という女の言葉は逞しい。去っていく者を追いか
け廻すよりは、「あとのを探」す方がはるかに現実的だ。声高に話す女達
のドライな言葉に、やりきれない悲しみと切なさが埋め込まれていること
は確かだが、男と女の関係のみならず、人生そのものが〈瞬間のもの〉で
しかないという深い諦めが彼女達にはある。日本に引き上げて、富岡との
甘い新生活を夢見ていたとすれば、ゆき子は戦争、戦後を躯ひとつで生き
てきた女達のリアリズムからはるか離れてロマンチックな世界に佇んでい
たと言えよう。言わば、ゆき子はダラット惚けの状態で敗戦後の日本に帰
って来たのである。
敗戦後、日本に駐留していたアメリカ兵と関係を持ち、子供を生んだ女
達は少なくない。鬼畜米英を旗印に太平洋戦争を戦い、広島・長崎に原爆
を投下され、日本は無条件降伏をしてアメリカの傘下に組み込まれた。ア
メリカ兵の腕にしがみつき、きつい化粧と派手な衣装に身を包んだ女達は、
当時パンパンと蔑まされ、アメリカ兵との間に生まれた子供たちはアイノ
コと言われて差別された。日本の男子はみな戦争に関して口をつぐみ、ア
メリカ兵相手に派手に振る舞う女達を蔑みながら、文句ひとつ言うことが
できなかった。
ゆき子は女達の話を聞きながら、日本も変わってしまったと思うが、い
ったい何が変わったのだろうか。アメリカ兵にぶらさがるようにして生き
ている女と、敗戦後の日本に帰って三年間も関係のあった伊庭の家に身を
寄せ、妻のある富岡に執拗にしがみついているゆき子とどこが違うのだろ
うか。
この世に女と男がある限り、どんな時代にあっても、どんな制約があっ
ても、なるようにしかならない。伊庭と別れてダラットに向かったゆき子
は、すぐに富岡と関係し、日本に帰って富岡と連絡がとれなければ恥も外
聞もなく伊庭を訪ねたりする。一番目の男がいなくなれば、第二、第三の
男を探すというのが、女の狡さであり、同時に逞しさでもある。すれ違っ
た女たちはドライに割り切るだけの、深い断念を抱えているが、ゆき子に
は未だ富岡との関係を断念する覚悟ができていない。

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