2009
09.12

林芙美子の文学(連載33)林芙美子の『浮雲』について(31)

林芙美子の文学

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林芙美子の文学(連載33)
林芙美子の『浮雲』について(31)
(初出「D文学通信」1237号・2009年09月12日)
清水正

久しぶりに『浮雲』論を連載します。
林芙美子が『浮雲』を発表したのは昭和二十四(1949)年、わたしが生
まれた年である。わたしが『浮雲』を初めて読んだのは平成二十一(200
9 )年四月二十一日で、読み終わったのは四月二十五日、午後八時十五分、
場所は我孫子のエスパ内のスターバックスである。
「江古田文学」71号の尾崎翠・林芙美子特集のために「林芙美子と言え
ば『夜猿』がすべて」を書いたのは2009年四月十二日~十四日、「林芙美
子とドストエフスキー」を書いたのは同年四月二十六日、『浮雲』論を書
きはじめたのが同年五月五日からである。


2009年6月24日(水曜)
『浮雲』は全六十七章からなる。わたしが具体的に批評したのは第〈十
二〉章までである。四百時詰原稿用紙に換算すると二百枚以上書いたこと
になる。が、十二章まで書いてペンが止まった(実際はワープロを使って
いるが)。わたしの執筆した作品批評は、まず「Д文学通信」に発表する
が、今回はホームページで連載することにした。一日におよそ2000字~40
00字書いているが、ブログに連載するための作業は執筆以上に時間がかか
ることになる。しかし、執筆を中断している間にいろいろ考えることはで
きる。
ここでは、わたしの素直な感想を書いてみたい。
『浮雲』の主人公の一人富岡は三十四、五歳である。妻の邦子に子供は
いない。富岡の子供を身籠もったゆき子は堕胎してしまう。安南人の女中
であったニウは富岡の子供を生むが、林芙美子はその子供に関してはいっ
さい触れていない。もしニウが富岡の子供を育てていれば、その子供はす
でに六十歳を越えている。
『浮雲』に生々しい戦争の現場は描かれていない。富岡とゆき子は〈極
楽〉のようなダラットの高原で、言わば不倫の関係を続けていた。しかし
彼ら二人は〈不倫〉の意識に苛まれるようなことはない。作者は、富岡と
ゆき子には丁寧に眼差しを注いでいるが、富岡の妻邦子や、ニウに関して
はほとんど触れることはない。富岡にそれなりの金をもらって、体よく捨
てられたニウが、その後どのような人生を送っていったのか、作者は富岡
並みに関心を寄せない。
2009年6月25日(木曜)
加野をつまみにしたゆき子と富岡の関係は丁寧に描かれている。ゆき子
は帰国してから、富岡との関係以外にも、伊庭との関係を復活させたり、
外国人のジヨウとも関係を結ぶ。富岡は一人の女に充足できず、ゆき子は
一人の男に充足できない。富岡やゆき子は、おそらく異性との関係によっ
ては自らの虚無の空洞を埋め尽くすことができない。肉体の交わりの時に
おいてさえ、この空洞から虚無の風が吹いてくる。
悲惨なのは富岡の妻の邦子である。作者は邦子の死について次のように
書いている。
火の気のない、寒い部屋に寝ながら、富岡は、ときどきゆき子のことを
考えないわけではなかったが、それは富岡自身を卑しくするに過ぎない。
部屋代は夏以来払えなかったので、追いたてを食っていたし、浦和から、
老母が邦子の病気と、窮乏を訴えて、富岡の部屋へ尋ねて来たりした。
正月始めの、雪の降る朝であった。邦子が亡くなった電報を手にして、
富岡は、寝台を古物商へ売り飛ばして、浦和へ帰った。みじめな暮しのな
かで、邦子はみるかげもなく衰え、自殺にもひとしい死にかたであった。
長い間の衰弱の上に、瘰癧性腺炎にかかり、切開手術が必要だったが、
医者も、この貧しい、痩せ衰えた女の手術をあやぶんでか、いい空気を吸
って、肝油を飲めというくらいの診断しかしてくれなかったが、鼡蹊部の
上に膿瘍ができて、どうにも手術をして、排膿用のゴム管を挿し込まなけ
ればならなくなり、非常の容態になったが、邦子はじいっと病気に耐えて
手術もしないで、そのままのみじめな姿で息を引きとったのだ。
家の中は、棺を買う金も尽きていた。富岡は、おせいの亡くなった時
のような、名残り惜しさは少しも感じなかったが、終戦以来、邦子を妻ら
しくあつかってやらなかった自責で、棺を求めることすらできなくなって
いる、自分たちの落ちぶれを厭なものに思った。
雪は朝から降り続いていた。
僧侶を頼んで、枕経を読んで貰うことはおろか、焼場にさえも運ぶ金
もないのだ。富岡は思い切って、急場の金をゆき子から借りるために、父
の古ぼけた外套を着て、朝早く東京へ出て、ゆき子の手紙の住所を便りに
尋ねてみた。
(356 ~357 〈五十〉)
一度、読んだくらいでは邦子の顔を思い浮かべることもできない。作者
は富岡やゆき子の内面には、直接間接、さまざまな照明を与えているが、
こと邦子に関しては、カメラを接近させることはなかった。富岡とゆき子
の描かれた男と女の関係の裏には、描かれざる富岡と邦子の男と女のドラ
マがあったはずだが、作者はそれを見事に省略した。小説は何もかも書け
ばいいというものではない。富岡とゆき子の関係がしっかり描かれていれ
ば、富岡と邦子、ゆき子と加野、ゆき子と伊庭の関係もそれなりにくっき
りと浮上してくる。
2009年6月26日(金曜)
次にゆき子の死の場面を見てみよう。
富岡が、やっとの思いで、官舎へ戻った時は、もう十時ごろであった。
ゆき子は、亡くなっていた。富岡にもゆき子にも、初めて見る顔ばかりが、
七八人も詰めかけていてくれて、ゆき子の臨終をみてくれたのである。富
岡は四囲の人たちに挨拶して、ゆき子の枕もとに坐り、ランプの光の中に、
むくんだようなゆき子の死顔を、しばらくみつめていた。誰かが、富岡の
ずぶ濡れのジャンパアをぬがしてくれた。
まだ、ゆき子の手は、胸で組みあわされてはいなかった。富岡は、妻
の邦子にしてやったように、固くなりかけているゆき子の手を、そっと胸
に組みあわせてやったが、冷い手は、乾いた血で、汚れていた。顔だけを
手伝婦が拭いてくれたのであろう。富岡は、ゆき子の手についている血を
見て、急に瞼につきあげる熱い涙にむせた。おせいの死、邦子の死、いま
またゆき子の死だ。富岡は、ゆき子の躯を激しくゆすぶってみた。ゆき子
の肉体には何の反応もなかった。寄って来てくれていた人たちは、一人去
り、二人去りで、番傘を拡げて戻って行く傘の音が、窓ぎわの道を通った。
(414 ~415 〈六十六〉)
ゆき子は、相当苦しんだとみえる。四囲の血の汚れが、富岡の眼をと
らえた。
富岡は、何をする気力もない。次の部屋の火鉢に、しゅんしゅんと煮
えたっている湯を金盥にうつして、それにタオルを浸し、富岡は、湯の顔
を拭いてやった。いつも枕もとに置いているハンドバッグから、紅棒を出
して唇へ塗ってやったが、少しものびなかった。タオルで眉のあたりを拭
っている時、富岡は、何気なく、ゆき子の瞼を吊るようにして、開いてみ
た。ゆき子の唇がふっと動いた気がした。「もう、そっとさせておいて…
…」と言っているようだ。雨は息苦しいまでに、板屋根を叩きつけている。
いったい、どうしろと言うンだろうと、富岡は、天井裏に、突き抜けて来
そうな騒々しい音に、追いたてられるような気がした。ゆき子の眼は、生
きもののように光っている。気にかかって、もう一度、富岡は、ゆき子の
眼を覗きこんだ。ランプをそばによせて、じいっと、ゆき子の眼を見てい
た。哀願している眼だ。富岡は、その死者の眼から、無量な抗議を聞いて
いるような気がした。ハンドバッグから櫛を出して、かなり房々した死者
の髪を、くしけずって、束ねてやった。死者は、いまこそ、生きたものか
ら、何一つ、心づかいを求めてはいない。されるままに、されているだけ
である。
(415 ~416 〈六十六〉)
腕時計は十二時を指していた。
雨は一刻のゆるみもなく、荒い音をたてて、夜をこめて降りしきって
いる。夜更けてから、富岡は、猛烈な下痢をした。息苦しい厠に蹲踞み、
富岡は、両の掌に、がくりと顔を埋めて、子供のように、おえつして哭い
た。人間はいったい何であろうか。何者であろうとしているのだろうか…
…。いろいろな過程を経て、人間は、素気なく、この世から消えて行く。
一列に神の子であり、また一列に悪魔の仲間である。
金網だけの厠の窓から、雨滴がしぶいていた。ローソクの灯が足もと
にゆらめき、この世の地獄を思わせるような下腹の痛みが、厠の臭気とと
もに、富岡の皮膚をびりびりと引き裂きそうだ。

(416 〈六十六〉)
この狭い枠のなかから、一歩も出て行けない、不可能さを、富岡は、
自分への報いだと思った。その不可能さは、一種のゲッセマネにまで到る。
ゆき子の死そのものが、災難のような何気なさであっただけに、ゆき子の
死の目的は、富岡にとっては、案外、不憫でいとしくもあるのだった。そ
れでは、東京で、自動車に跳ねとばされるのと、何の変りはない。長く患
って亡くなったのなら、まだ、受難的な夢を、死者に考えることもできた
のだが……。富岡は下腹をおさえて、這うようにして、部屋へ戻り、腰に
毛布を巻いた。どっちが北枕かも判らなかったが、いまは、死者は、富岡
に、壁ぎわへ枕をうつして貰って、平べったくなっている。新しい蒲団の
上に、種子島製の鋏がのせてあった。

(416 ~417 〈六十六〉)
いまに、自分もまた、いつの日かは、あの姿に行きつくのだがと、富
岡は、そんなことを考えていたが、いま、ゆき子といっしょに、死ぬ気は
しない。酔うほどに、気持ちは少しずつ荒さんで来た。しみじみと、人間
的な、気の荒さみかたが、富岡には救いだった。酒の酔いが全身にみなぎ
り、富岡は、自分の生命そのものに、ありがたい、もうけものをした興奮
を感じている。ときどき、空間から、死者のエーテルが光るような気がし
て、富岡は、じいっと、平べったい寝床を眺める。死者は森閑として動か
ない。
三人の女のうちで、この、ゆき子が、一番、自分に寄り添っていてくれ
ていたような気がした。だが、この冷えたゆき子の躯には、何の反応もな
いのだ。
二人の昔の思い出が、酔った脳裡を掠め、富岡は、瞼を熱くしていた。
少しずつ酔いはすさまじくなり、富岡は、腹が焼けつくほど、焼酎をあお
った。何も食べないので、酔いは相当の勢で、全身をめぐり、富岡は、独
語しては酒を飲んだ。
風が出た。ゆき子の枕もとのローソクの灯が消えた。
富岡は、よろめきながら、新しいローソクに灯を点じ、枕もとへ置き
に行った。面のように、表情のない死者の顔は、孤独に放り出された顔だ
ったが、見るものが、淋しそうだと思うだけのものだと、富岡は、ゆき子
の額に手をあててみる。だが、すぐ、生き身でない死者の非情さが、富岡
の手を払いのけた。富岡は、新しい手拭いも、ガーゼもなかったので、半
紙の束を、屋根のように拡げて、ゆき子の顔へ被せた。

(417 ~418 〈六
十六〉)
2009年6月28日(日曜)
邦子が死に、ゆき子が死ぬ。死ぬつもりで伊香保にまでやってきた富岡
は死ねなかった。伊香保で富岡がゆき子と一緒に死んでいれば、一種の浄
化作用が働いて、読者の胸もすっきりしたかもしれない。だが、富岡はそ
こで旅館の亭主の妻おせいと新たな男と女の関係をつくってしまう。おせ
いは夫を捨てて東京に出てくる。おせいの居所を突き止めた夫はおせいを
殺害し、刑務所に繋がれることになる。
富岡だけが直接的な災難や死を免れている。富岡は自分で原因を作って
起きながら、その責任を全うしない。人妻であった邦子を奪ってまで結婚
しておきながら、ダラットでは安南人の女中ニウと関係を結び、日本から
タイピストとして山林事務所に派遣されて来たゆき子とも関係を結ぶ。ゆ
き子と心中する覚悟で伊香保まで来て、人妻のおせいに手を出す。邦子の
病死、ゆき子の悶死、おせいの被殺害、子供を身籠もったニウとの一方的
な離縁……。
富岡は悪党なのであろうか。否、富岡はダンディな恰好つけのインテリ
で、トルストイの愛読者でドストエフスキーの代表的な作品も読破してい
る。女たちとの関係も、富岡が一方的に強引に迫ったというよりは、やは
り相手もそうとうの好意を示しての関係の成立である。作者は富岡と邦子、
富岡とニウとの関係を具体的、詳細に描くことはなかったが、ゆき子との
関係を見れば、富岡だけを責めるわけにはいかない。スヴィドリガイロフ
氏の言う通り、男と女の間は当事者だけにしかわからない微妙な感情があ
って、第三者が踏み込めない領域がある。
浮雲に意志がないのと同様、富岡には人生に対する意志的な選択がない。
はたして富岡は人妻邦子を意志的に奪ったのかどうかはなはだ疑わしい。
富岡と邦子の関係が具体的に描かれていないので何とも言えないが、富岡
に邦子の夫と激しい闘争があったとは思えない。ゆき子やおせいとの関係
から推測すれば、巧みに女心を唆し、女をその気にさせた結果の結婚だっ
たのではないかと思う。
富岡は意志的に判断し、その結果に責任を持って対処するタイプではな
く、事のなりゆきに身をまかせるタイプの男と言える。私見によれば、女
にはこういうタイプが多い。ゆき子は、結婚していた伊庭杉夫と三年間も
不倫の関係を続けているが、不倫の意識に苛まれることはなかった。まっ
たくなかったとは言えないだろうが、そんな意識など問題にならないほど、
伊庭との関係の悦楽が優位していた。
ゆき子が伊庭との別れを決意して、職場を海外へ求めたのは、〈不倫〉
の関係を清算してというよりは、伊庭との関係そのものに飽いてきたとい
うことに因る。言い換えれば、ゆき子は伊庭に代わる新たな男を求めたの
である。ゆき子は毎夜、人肌恋しい慾情にかられて悶々としていたし、だ
からこそ彼女のまなざしが富岡の姿をとらえたのである。富岡は、ゆき子
にとって伊庭に代わる〈男〉として捕らえられた。要するにハンターはゆ
き子であり、富岡はその獲物の一匹にしか過ぎなかった。
加野は、富岡の存在がなければ十分にゆき子の餌食足りえただろう。が、
ゆき子は富岡を獲得するためのダミーとして加野を巧みに利用した。加野
は、恋敵となった富岡を刺そうとして、止めにはいったゆき子の腕を傷つ
けてしまうが、元々の原因は、加野を富岡獲得のために利用しようとした
ゆき子の邪心がもたらしたことである。加野は、最初は慾情からゆき子に
近づいたが、ゆき子に魂を奪われてしまった。慾情を拒まれた男は、相手
のその拒みによってさらに慾情を昂めることになる。
加野の場合は、ゆき子に慾情を刺激されただけにとどまらず、精神的次
元でも心を揺さぶられた。俗に言えば、加野はゆき子に惚れてしまった。
加野がゆき子に惚れ、ゆき子が加野に惚れたのであれば、何も問題はない。
ゆき子が惚れたのは富岡であるところに問題がある。
富岡はゆき子と関係を結ぶが、最初の森の中での長い接吻といい、積極
的に仕掛けていたのはゆき子であり、富岡は相手の積極をただ受動的に受
け入れていただけにすぎない。もちろん、ゆき子はそんなことは百も承知
で富岡との関係を続けた。富岡はゆき子との関係、それが接吻であれ、交
合であれ、そこに〈空虚な心〉がいつも入り込んでくることをどうしよう
もなく感じていた。
富岡がゆき子に接吻した場面を確認しておこう。作者は次のように書い
ていた「ゆき子は、すっかり上気して、富岡の肩に爪をたてて苛れている。
少しずつ、心が冷えて来た富岡には、ゆき子の苛れた心に並行して、これ
以上の行為に出る情熱はすでに薄れていた。野性の小柄な白孔雀が、ばた
ばたと森野中をトンで消えた」と。
要するにゆき子という〈白孔雀〉は、この時、すでに富岡の気持ちを看
破して〈森の中〉へと飛んでいったのである。〈野性の小柄な白孔雀〉は、
ダラットの〈森の中〉を、そして敗戦後の日本の廃墟の〈森の中〉を飛び
つづけ、そして誰にも看取られることなく、屋久島の〈森の中〉で悶え苦
しみながらひとり死んでいくのである。

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