2009
09.11

「ZED」を観る(連載38)糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」を読む(その13)

「ZED」を観る

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糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」より。ジル・サンクロワさん
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「ZED」を観る(連載38)
(初出「D文学通信」1235号・2009年09月11日)
糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」を読む(その13)  
清水正

「シルク・ドゥ・ソレイユ」と
創始者の一人、ジル・サンクロワの秘密に迫る。(13)
「09. 怖くなければ、できる。」を読む
「怖くなければ、できる」という言葉は含蓄が深い。
なぜ、怖くないのかと言えば、それは自分が展開する事業全体の
見取り図が予め出来ているということを意味している。


ジルは糸井の「じつは、パフォーマーとしての基礎的な腕前がそうとう
高いんでしょう」という質問に「竹馬のほかに、綱渡りができます。あと、
火吹きもできます」と答えている。それに続く会話が面白い。
糸井 ああ、やっぱり。
そういう基本的な実力がないと、
お客さんの前に出られませんものね。
ということは、そうとう努力されたんですね。
ジル 努力?
糸井 うん。だって、
それだけできるようになるためには、
たくさんのエクササイズがいるでしょう?
ジル ……いいえ、自然にできました。
糸井 あ、そう(笑)。
ジル もともと私はバランス感覚がいいんです。
だから、最初から、怖くなかったんです。
怖くなければ、それはもうできるということです。

〈努力〉〈エクササイズ〉があってはじめて一流のアーティストとして
通用する。糸井の質問はごく当たり前の事を確認するためのものであった
が、ジルの言葉は糸井の思いに反していた。〈努力〉と〈エクササイズ〉
の代わりに返ってきた言葉は〈自然〉と〈バランス感覚〉であった。そし
て決定的なのは「怖くなければ、それはもうできるということです」とい
う言葉である。
確かに、〈努力〉をいくら重ねてもうまくならないひとがいる。もって
生まれた天性があり、この天性に磨きをかけるという意味でのエクササイ
ズはある。ジルの場合、〈竹馬〉はりんごの実をとる仕事で自然に身につ
けたものであり、ショーのために特別に努力する必要はなかった。ジルは
すでに身につけた芸で、デビューを飾っている。ジル自身が語っているよ
うに、彼は天性的にバランス感覚に優れていたのであろう。すでに見てき
たように、ジルにあっては、このバランス感覚は単に芸にだけ適用された
のではない。資金調達の上でも、事業を発展させる上でも、クリエイター
やアーティストたちやスタッフたちとの人間関係においても存分に発揮さ
れたと言える。
ジルは、いわばショービジネス界の成功者であるから、彼の言葉はユー
モアの衣もかぶっているとは言え、実績に裏打ちされた自信に溢れている。
ジルの言葉は、各界の成功者に共感を得るであろう。「怖くなければ、で
きる」という言葉は含蓄が深い。なぜ、怖くないのかと言えば、それは自
分が展開する事業全体の見取り図が予め出来ているということを意味して
いる。ここでも、ジルが建築学を学んでいたこと、すなわち建築は、設計
図段階ですでに〈完成〉していなければ、実際に建築することはできない。
ジルはショービジネスを成功させるための〈設計図〉を予め自らの内に完
成させていたということが言える。
論文でも、批評でも、創作でも同じことで、まず書くべき全体の姿が予
め俯瞰的に見渡すことのできないひとはだめである。よく、額に深い皺を
寄せ、原稿用紙を何枚もクチャクチャにして放り投げているような小説家
をテレビ映画などで観ることがあるが、そういった小説家は、小説を書く
ことに苦しみぬいているのかもしれないが、しかしその苦しみはできあが
った作品の出来ばえとはまったく無縁である。すぐれた小説家は、むしろ
軽快に書き進めていると思って間違いはない。書くのではなく、或るなに
ものかによって書かされているひとが、その作品によって読む者の魂を震
わせることができるのである。
わたしが、今こうして「ZED」論を書き継いでいるのも、予め俯瞰し
ている全体図の出口に向かって、一歩一歩を歩んでいるに過ぎない。入口
と出口の見えていないひとが、ものを書きはじめると必ず迷宮に陥る。初
めに直観ありきで、この直観に導かれて言葉を招き寄せる行為が、わたし
にとっては批評ということになる。
ジルは「もしも怖くなければ、竹馬で100 キロだって歩けます」と言っ
ている。続く会話を見ておこう。
糸井 ……あなたは、決めたんですね。
怖くないって決めたから、できたんだ。
ジル そこに心を向けると道が開けてきます。
道が開けるとそこに行きます。
そして怖くなくなるんです。
糸井 いまも、同じ方法で、
いろんなことを乗り切っているのですか?
ジル そのとおりです。
たとえば私たちの最新のショーである
『ラブ』では、ビートルズの音楽を、
音源から編集して使わせてもらいました。
たいへん大きなプロジェクトです。
これは、私にとって、
大きな竹馬に乗っているのと同じです。
糸井 おもしろい(笑)。
それはいいなぁ、うん。
ジル まさに、とっても大きな竹馬ですよ。
だって、ポール・マッカートニーにどう説明して、
どうわかってもらえばいいんでしょう?
ヨーコ・オノにどう話せばいいんでしょう?
糸井 怖がったら終わりですね。
ジル そうです。
すばらしいショーをつくりあげるためには、
すばらしいショーになるんだということを
本当に信じなければいけません。
信じていない人には誰も説得されません。
そして、信じると、怖くなくなります。
それは、竹馬に乗るのも、綱渡りするのも同じです。
本当にできると思うと、できるんです。
糸井 それは、
シルク・ドゥ・ソレイユの精神そのものだね。

この会話で、わたしが最も注目したのは、ジルの「もしも怖くなければ、
、竹馬で100 キロだって歩けます」という言葉である。ジルは〈竹馬〉に
おける垂直軸上の野心はまったくないと言ってよい。ジルの野心は、どこ
までも歩けるという、その水平軸上にある。ジルが言う〈大きな竹馬〉と
は、〈大きなプロジェクト〉(ショービジネス)を成功させるための現実
的な企画立案、手段、方法、交渉などの比喩であって、一アーティストと
しての技術向上とか、命懸けの危険な技の開発とかを意味していない。ジ
ルはあくまでも実業家として〈すばらしいショー〉をつくりあげるために
〈大きな竹馬〉に乗っているのである。
現在のシルク・ドゥ・ソレイユは〈約3800名〉の従業員と、〈15のショ
ー〉を運営する会社へと発展した。ジルの水平軸上の野心はこれからどの
ような発展を見せるのか。現状を維持してクオリティを高める方向へ向か
うのか、それとも拡大路線を取って、ますます世界各国へと進出して行く
のであろうか。

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