2009
09.04

「ZED」を観る(連載32)糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」を読む(その7)

「ZED」を観る

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「ZED」を観る(連載32)
(初出「D文学通信」1229号・2009年09月05日)
糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」を読む(その7)  
清水正

「シルク・ドゥ・ソレイユ」と
創始者の一人、ジル・サンクロワの秘密に迫る。(7)
「06. ひとつ、謎が解けた。」を読む(2)
虚無で覆われたこの世界を、
シルク・ドゥ・ソレイユの〈夢と冒険〉のサーカステントは
さらに大きく包みこむことができるのであろうか。


「06. ひとつ、謎が解けた。」を読む(2)
ジルは続けて次のように語っている。
いまでもその価値観は
シルク・ドゥ・ソレイユの中に活きています。
たとえば、私たちはクリエーターの集団であって、
神さまでもないし、どこかから
啓示を受けているわけでもありません。
私たちがいっしょに仕事をするうえでの
最低限の原則というのは、こうです。
「最良のアイデアが勝つ」
これは、ヒッピー世界から残されたものです。
その意味で、シルク・ドゥ・ソレイユは
ヒッピーサーカスだと言えるかもしれません。

この言葉を聞いて、わたしは〈うん?!〉と思った。「私たちはクリエ
ーターの集団」という言葉は素直に頷ける。次の「神さまでもないし」と
いう言葉も頷ける。ただ次の「どこかから啓示を受けているわけでもあり
ません」という言葉には少しひっかかる。
わたしは今まで「ZED」のクリエイターたちの言葉を検証してきて思
ったが、彼らは創造行為において〈インスピレーション〉の重要さを等し
く口にしていた。〈クリエイターの集団〉が、どこかからの啓示を受けな
くなったらおしまいだろう。その〈どこか〉は、ジルの言うように、別に
〈神〉でなくてもいいし、何か特別な宗教団体や政治団体でなくてもいい
が、しかしクリエイターとしていつも〈どこか〉から、〈インスピレーシ
ョン〉〈啓示〉を受けなくなってしまっては、衝撃的な創造的行為を続け
ることはできないだろう。
それとも、ジルがここで〈最低限の原則〉と言っている〈最良のアイデ
ア〉が、〈インスピレーション〉に変わるべき言葉として発せられていた
のであろうか。
〈最良のアイデア〉は日々の訓練と議論の中から自ずから生まれてくる
という信念が、ジルにはある。しかし、インスピレーションのないアイデ
アはひとを真に感動させることはできない。「どこかから啓示を受けてい
るわけではありません」という言葉は、シルク・ドゥ・ソレイユの創始者
の言葉としてあまり相応しいとは思わない。ジルの考え方は、「ZED」
のファウンダーであるギー・ラリベルテの考えと微妙にちがっているよう
にも感じる。
ここでもジルのショービジネスの原点が〈綱渡り〉と〈竹馬〉にあった
ことを想起する。八歳のジルが観た〈綱渡り〉は「ZED」の高度な技術
を要するハイ・ワイヤーとは全く違う。それはおそらく一人のクラウンに
よって演じられた、観客をハラハラドキドキさせる道化の芸としての〈綱
渡り〉であったであろう。だからこそ、ジルは大人になったら自分もでき
るだろうと思って練習を始めたのである。ジルにとって〈綱渡り〉は、中
空に張られた一本の綱の上で演じる命がけの芸というよりは、観客を適度
に不安がらせたり笑わせたりする芸であり、そこでまず第一に求められて
いるのは、演じ手と観客の絶妙なバランス感覚である。
ジルが農園仕事で自然に覚えた〈竹馬〉もまた、天と地のバランスを大
事にした芸と言える。ジルにとって〈竹馬〉の高さは、リンゴの身をもぎ
取る高さであればよかった。リンゴに届かない低さでもだめだし、リンゴ
よりはるかに高くてもだめである。リンゴをもぎ取れる丁度よい高さを保
ことで、〈竹馬〉は仕事に役立つ。ジルは、〈竹馬〉の足を固定し、その
高さを一メートルから二メートル、三メートルから四メートル……へと限
りなく高くしていこうという指向性はない。
ジルは、地上の観客が好奇の眼差しを注ぐことのできる高さに、〈竹
馬〉の高さを調節し、その脚で円を描いて歩いた。ジルにとって、〈神〉
に近づく、あるいは〈神〉を凌いで高みへと昇りきろうとする野望はない。
ジルは、〈竹馬〉に乗って天を仰ぐ眼差しをおくることはない。ジルの眼
差しは天ではなく、地上の観客に向けられていたはずである。
〈竹馬〉は先に指摘したように、天と地とを貫く垂直軸であると同時に、
地上を歩き進む水平軸でもある。高すぎてはバランスがとれず、低すぎて
は観客の眼を引きつけることはできない。ジルは、シンプルな〈綱渡り〉
と〈竹馬〉で、サーカス芸、サーカス興行の基本を身につけたと言える。
ジルに必要なのは、〈竹馬〉のはるか上からの〈啓示〉ではなく、水平軸
上に集まった観客の反応であり、観客を熱狂させね〈アイデア〉だったの
である。
ジルは〈神〉も〈啓示〉も信じていないが、「世界を今よりもよくでき
る」という思想は信じている。世界には、ラスコーリニコフがシベリアの
監獄で見た悪夢の中に出現する〈理性と意志を賦与された旋毛中〉に侵さ
れた人達で充たされている。この旋毛中に侵された者たちはただ一人の例
外もなく、自分だけが正しいと思い、きりのない争いを開始する。十九世
紀ロシアの一人の作家によって預言されたことは、ますます現実味を帯び
ている。
世界は、宇宙大の虚無のテントに覆われようとしている、まさにこの時
代において、ジルはコミューンを信じ、よりよい世界の到来を信じている。
ジルは、まるでアニメの映像世界に登場する愛と正義を文字通り信じて生
き、戦いつづけているヒーローのような存在と化して言葉を発している。
虚無で覆われたこの世界を、シルク・ドゥ・ソレイユの〈夢と冒険〉の
サーカステントはさらに大きく包みこむことができるのであろうか。

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