2009
09.04

五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載23)

寺山修司・関係

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寺山修司と童話への復讐 
五十嵐 綾野

 寺山修司は、名作童話に対して復讐することを誓っていた。大人にとって都合のいい子供のしつけにすぎないからだという。童話がただの夢物語ではないことに気がつかないのは、物語の世界を全く疑わずに鵜呑みにしている人のみである。
 数年前『本当は怖いグリム童話』という本がブームになった。「めでたしめでたしで終わる良いお話」と勝手に思っている人は多い。子供に読み聞かせるものだから、童話は優れているというのは、ただの思い込みである。何でもない話が全くの無害だと言い切れるのだろうか。
 自分の子供時代を思い出すと、やはり童話は身近なものであった。童話の絵本のセットが本棚にあり、寝る前には必ず読んでいた。それらは、親によるしつけのためではなかったと思う。どっぷりと夢の世界に浸っていたわけではなく、なんだか胡散臭さを感じていた。勧善懲悪が信じられない。お姫様が王子様と幸せに結ばれるというのも気に入らない。文章より絵を見るのが好きだった。やがて、童話を卒業してあらゆる書物に手を出すようになり、本当の姿に気がついた。だからどうしたいということはなく、寺山のように復讐心を抱くこともなかった。
 寺山の著書に『ぼくが狼だった頃-さかさま童話史-』には名作童話の暴露話が載っている。この本の中では、「ピノキオ」はポルノ童話であり、「はだかの王様」は形而上学者、「赤ずきんちゃん」はニンフォマニアというエロスの雰囲気を持った展開になっている。切り落としているところがほとんどなので、想像力でいくらでも書き換え可能なのである。
 逆に、中でも一番リアリティがあったのは「母をたずねて三千里」である。寺山は主人公マルコと同じ12歳の時に母親と別れている。寺山にとってマルコは分身に感じたかもしれない。ところが、寺山の場合は、「母をはなれて三千里」という終わりのない旅であるが、マルコは退行の旅である。言われてみれば、自立を促すのではなく母に向かうという胎内回帰の旅は美化しすぎている。
 堂々とほらを吹いているのかと思うと、現実的な解釈もする。寺山は『こんな風に名作童話を瀆したいという欲望は、これらの名作を与えられることのなかった、私自身の貧しい幼年時代に生まれた負け惜しみにもとづくものである。』とあとがきで語っている。寺山は何が見たいのだろうか。読者の真実を知って、驚く顔か、怒る顔か、悲しむ顔か。
 負け惜しみと、はっきり言っているところに寺山の悲しさを感じる。復讐の前には侮辱がある。寺山の復讐心はむしろ別の方向に向いているようだ。童話に浸る間もなく、現実で育っているからだ。寺山には童話を必要とする余裕がなかった。寺山が言っているほど、物語は汚されていない。作品に意地悪な悪意を感じることもない。
 童話には、悪意やわけのわからない毒が存在している。それに打ち勝って一人前になるというのが大体の筋であり、それを通して子供自身も学んでいく。解釈の仕方はそれこそ無限にあるだろう。ところが、どうしても納得が出来なかったり、薄気味悪い奇妙な話は絶対に忘れることはない。頭のどこかに残っていて、思いがけないところでフラッシュバックする。それが、本当の意味での教訓になったり、思考の手助けになるのだろう。童話は、大人になったら卒業するものとして扱うのではなく継続して読むべきである。そうして初めて完成するのだと私は考える。
「子供には読ませたくない」とサブタイトルをつけた童話の本を見かける。残酷で刺激に満ちているから大人だけの秘密にしようという魂胆である。中を見ると、グリムやアンデルセンといった誰もが知っている話ばかりである。読ませたくないではなく、子供はすでに読んでしまっている。教育上よくないからというより、子供のくせに生意気だからだめだと言っているようである。一体どっちの方が残酷だろうか。

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