2009
09.04

「ZED」を観る(連載31)糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」を読む(その6)

「ZED」を観る

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カタログより。糸井重里さん
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「ZED」を観る(連載31)
(初出「D文学通信」1228号・2009年09月04日)
糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」を読む(その6)  
清水正

「シルク・ドゥ・ソレイユ」と
創始者の一人、ジル・サンクロワの秘密に迫る。(6)
「06. ひとつ、謎が解けた。」を読む
ジルが〈よりよい世界〉を実現するために、
革命家にも政治家にもならず、演劇集団を組織して、
それをシルク・ドゥ・ソレイユにまで発展させたことは興味深い。
ジルはただの一度も、その共同体的な〈理想〉を
疑ったことはなかったのだろうか。


「06. ひとつ、謎が解けた。」を読む
糸井重里が「あなたは、ぼくが想像していたよりも、ずっとロックで、
ヒッピーな人ですね」と言うと、ジルは「ロックンローラー、ヒッピー、
イエス。実際、私は勤めていた建築事務所を辞めたあと、コミューンに入
っていたんです」と応えている。
ロック、ヒッピー、そしてイエス。イエスは糸井の言葉に対する同意
「その通りです」を意味する言葉なのか、それともイエス・キリストなの
か。この翻訳ではどちらにもとれるが、二つの意味が込められていると考
えた方が面白い。ロックとヒッピーと言えば、魂と自由である。既成の秩
序、体制からの解放、逃亡、反抗を歌で表現したのがロックンローラー、
あらゆる体制、秩序から自由になろうとしたのがヒッピーである。イエス
は、愛と赦しを説き実践した新約の神、既成の宗教教団に反抗した〈神の
子〉である。
わたしはジルと同じ歳である。ジルが青春時代を過ごした1960年代の息
吹は生々しく感じることができる。わたしの二十歳前後の時代はいわゆる
政治的季節であり、現体制に不満をもった学生たちは過激な政治運動に巻
き込まれていった。60年、70年の安保反対運動、大学の運営、経理、研究
体制に異議を突きつけ、大衆団交から暴力的反抗にまで発展した全共闘運
動、世界同時革命、内ゲバに終わった連合赤軍事件、ベトナム戦争反対、
フリーセックス……。
四十年前、既成の権威・権力に立ち向かい、悩み、傷つき、死んでいっ
た若者がいた。ゲバ棒、ヘルメット、手拭いマスクで防御し、フランスデ
モと火炎瓶で機動隊と戦った革命戦士がいた。夜を徹して議論し、反戦歌
を歌い、理想を求めて政治活動に突入していった若者がいた。
あの政治的に熱い時代は去った。わたしは学生時代、あらゆる政治的な
幻想から離れていた。わたしは熱い政治的時代をドストエフスキーを読み、
批評することに没頭した。神田三崎町に何千人も集結したデモに、先輩の
一人に連れられて参加したことがあったが、わたしの耳に焼きついたのは、
改革、革命を訴える〈革命戦士〉のシュプレヒコールの響きではなく、隣
の中央大学二人の私語「昼に何を食うか、腹へったなあ」であった。
十九世紀、すでにロシアの作家ドストエフスキーは『悪霊』のシガリョ
フの理論において革命幻想を徹底して暴いていた。わたしは平凡社版・米
川正夫訳の赤本『悪霊』を読みながら、ニコライ・スタヴローギンの虚無
の直中に佇んでいた。ニコライの〈善悪観念の磨滅〉の洗礼を受けた者に
とって、テレビ、新聞ジャーナリズムで闊歩する、その表層的で一般受け
する〈正義〉などチャンチラおかしかった。
「一杯のうまいお茶が飲めれば、世界なんぞ滅びてもかまわない」「バ
カばかりが行動家になれるのだ」・・ドストエフスキーの『地下生活者の
手記』のアンチヒーローは、地上生活者に向かって赤い長い舌を延ばして、
毒をまき散らしていた。反戦歌を歌って大金を稼ぐ歌手がおり、金をため
込んで悦に入る社会主義者がおる。『悪霊』で革命運動の主傀を演じた二
重スパイのピョートルがいる。ピョートルの正体を看破できないままに
『悪霊』を読む読者は未だに五万といるだろう。
既成の権威・権力を打倒しようとする者は、いったいどんな〈権威〉
〈権力〉を必要としたのか。革命家が一人の反抗者である時は、未だ純粋
を保持する者であるが、革命という理想のために複数の革命家が集まり、
そこに組織ができあがると、自分たちが打倒しようとした既成の組織以上
の足かせ手かせを作り上げる。ピョートルは裏切り者のシャートフを秘密
革命結社の仲間を煽動して死に追いやった。〈革命〉が絶対正義となれば、
〈革命〉を実現するために、邪魔者、危険人物とみなされた者は抹殺され
る。しかし、過激な革命家の誰一人として自分が理想とする〈ユートピ
ア〉国家像を描くことはできなかった。〈ユートピア〉とは、この地上の
どこにも存在しないという意味である。
反戦歌を歌う者は、戦争の魅惑と陶酔も知っていなければならないだろ
う。なぜ〈戦争〉が悪なのか、それを語り尽くすことのできる者がいるの
だろうか。戦争は悲惨であるというとき、銃弾に倒れる女や子供の姿が目
に浮かぶ。ベトナム戦争時、アメリカ兵の火炎放射を浴びて、隠れ家の穴
から火ダルマになって飛びだしてきた女・子供の姿を忘れることはできな
い。わたしはテレビの画像でそれを見て、目を背けたくなった。
わたしが目にしたのは、犠牲者の女・子供だけではない。軍服で完璧に
防御し、同じ人間に向けて火炎放射できるアメリカ兵の姿も目に焼き付け
た。無表情に銃弾を発射することのできる兵士もまた人間である。兵士と
して徹底的に訓練され、戦地に送り込まれた者は、上官の命令をロボット
のように聞き入れるほかはない。兵士に人間としての自由な判断は許され
ていない。殺すか、殺されるか、二つに一つである。逃亡すれば、軍法会
議にかけられ厳しく処罰される。
ジャコメッテイ監督の『世界残酷物語』を見れば、人間という動物がい
かに身勝手な存在であるかを思い知らされる。イギリスの愛犬家がペット
をいかに大切にしているか、その愛情の注ぎ方は家族同様、あるいはそれ
以上である。香港の店では、大きなテーブルの中央に檻に入れられた食用
犬がクゥイーン、クゥイーンと悲しげな鳴き声を発しているが、誰一人と
してその声に反応する者はいない。みんな大口を開けて犬肉料理を満喫し
ている。
ヒューマニズムは、民族、宗教、肌の色の違いを超えて、すべての人間
は自由で平等でなければならないという思想を前提にしている。しかし、
この思想に、人間以外の動物を加えれば、この思想はすぐに瓦解する。人
間は馬を食い、牛を食い、豚を食い、さまざまな種類の鳥と魚と昆虫を食
って生きている。ヒューマニズムは人間中心的な考えに基づいている。全
能の神が人間を造ったという宗教があり、人間は猿から進化して来たとい
う学説がある。この二つの考えは、対極にあるかに見えて、実は〈人間〉
をあらゆる生物の頂点(統治者)に置いていることで共通している。人間
は愛と慈悲を説きながら、戦争を繰り返し、動物を殺して食している。少
し、ものを考えることのできる者なら、ヒューマニズムの欺瞞性など、改
めて暴く気にもなるまい。
ジルは「建築事務所を辞めたあと、コミューンに入っていた」と語る。
糸井は「ヒッピーのコミューンですね」と念を押す。ジルは次のように続
ける。
もちろん、そうです。
ケベックに戻ってきたあとも、
私はコミューンの中で生活しました。
そういった共同体の中には、
1960年代特有の価値観がありました。
それは、いっしょに生活をしながら、
「よりよい世界をつくっていく」
という目標を持つことです。
私はその価値観に基づいた形で演劇集団をつくり、
やがてそれはシルク・ドゥ・ソレイユに
なっていったんです。

このジルの話を聞いていると、まさに彼は1960年代特有の価値観を抱い
ていた演劇青年だったことが分かる。コミューンの目標は〈よりよい世界
つくっていく〉ことである。当時の政治的活動家の大半もまた〈よりよい
世界〉を実現するために、既成の体制と戦っていた。だが、本当に彼らは
自分たちが目指す〈理想的な国家〉の明確なヴィジョンを描いていただろ
うか。革命家はすべての人間が最大限に自由を享受できる社会を理想とし、
その実現を目指す。自由、平等、博愛、幸福の実現・・誰ひとり反対でき
ないような理想的な言葉の数々を並べる政治家には気をつけなければなら
ない。現実においては、「私の自由が、あなたの自由を奪い、私の幸福は
あなたの不幸に繋がる」のだ。前にも書いたが、一つの檻の中で猫と鼠は
共に自由と平等を享受することはできないのである。
ジルは〈よりよい世界〉構築のために革命家や政治家になったのではな
い。彼のインタヴューに答える言葉には、〈よりよい世界〉を根本的に深
く懐疑した様子を窺うことはできない。
ジルが〈よりよい世界〉を実現するために、革命家にも政治家にもなら
ず、演劇集団を組織して、それをシルク・ドゥ・ソレイユにまで発展させ
たことは興味深い。ジルはただの一度も、その共同体的な〈理想〉を疑っ
たことはなかったのだろうか。

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