2009
09.03

「ZED」を観る(連載30)糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」を読む(その5)

「ZED」を観る

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カタログより。ジル・サンクロワさんと糸井重里さん
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「ZED」を観る(連載30)
(初出「D文学通信」1227号・2009年09月03日)
糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」を読む(その5)  
清水正

「シルク・ドゥ・ソレイユ」と
創始者の一人、ジル・サンクロワの秘密に迫る。(5)
ジルはサンタクロースおじさんか。
二十一世紀を生きる、子供にも大人にも
壮大で華麗な〈夢と冒険〉のプレゼントを贈り続ける人、
それが「シルク・ドゥ・ソレイユ」の創始者の一人、
ジル・サンクロワであると確信した。


ジルのすばらしいところは、
考えたことを多くの人に相談し、真摯に耳を傾け、一度決断すると、
それをすぐに実行に移す、その行動力にある。画家の友人から、政府から
資金提供を受けるためには〈有名になること〉が必要だとアドバイスされ
ると、すぐに自分が何をすれば有名になれるかを考える。ジルは〈竹馬〉
でベ・サン・ポールからケベック市まで歩いて移動することを思いつき、
さっそくその計画を新聞に広告する。しかも彼は、ちゃっかりと「1キロ
歩くごとにいくらかください」という文句を載せる。
ジルは4月に出発、22時間かけて、6月にケベック市にたどりつく。ジ
ルは着く直前にケベックの新聞社に電話をする。新聞社はカメラマンとイ
ンタビューアを派遣して取材し、それを記事にする。新聞の一面にジルの
快挙は写真つきで掲載され、彼の資金調達計画は広く知れ渡ることになる。
「ほぼ日」に載せられたジルの顔は、まさに「おれのアイデアと実行力
はたいへんなものだろ」といった自慢げな表情に溢れている。ジルは茶目
っ気のある可愛いオジサンといった趣さえある。
ジルの計画は見事に成功する。政府の担当者はジルの「頑固で、非常に
動機の強い人」であることを認め、ジルのプロジェクトに対し、6万ドル
の資金を提供する。ジルは、それとは別に、ケベック市まで歩きながら1
万2千ドルの金を稼いでいる。ジルは計7万ドルの金で最初のショーをつ
くりあげるが、もちろん〈有名〉になったジルはメディアの注目の的とな
っており、幾多の取材を受けることになる。
ジルは7人のアーティストと契約、5人の音楽家を雇う。ジルは、現在
の「シルク・ドゥ・ソレイユ」の中心的人物であるギー・ラリベルテと一
緒に、ストリートプレイヤーを中心にした構成でカンパニーを発展させ、
今日に至っている。
ジルは最後に「政府にかけ合い、ストリートフェスティバルという催し
も成功させました。そして、アーティストを探しながら、コンテンツを探
しながら、いままでやってきました」と語っている。この言葉にジルの、
ショー・ビジネスを成功させる秘訣が出そろっている。
まず、〈政府にかけ合い〉という言葉に端的にあらわれているように、
ジルは資金調達を常に念頭に置いていた。つまり彼は、観客からの流動的
な収入だけでなく、いつも政府を巻き添えにして、大げさな言い方をすれ
ば国家的規模でショー・ビジネスの発展を考えていた。〈ストリートフェ
スティバル〉を成功させるためには、その地域の住民の協力は当然だが、
警備、消防、医療など、政府機関の人たちの協力は必須である。ジルの、
他者に開かれた社交的性格と、他者の心を揺さぶる情熱と、根気強い交渉
力が相まって〈フェスティバル〉を成功に導いたことは明白である。
次に〈アーティストたちを探しながら〉という言葉が重要である。教育
も同じである。すばらしい教育実践は、まず〈一人の教師〉から始まる。
教師がダメなら、もうそこにはすばらしい教育実践の可能性はあり得ない
と断言してもいい。いくら最新式の設備や機器を揃えても、そこに情熱を
持った想像・創造力の豊かな〈一人の教師〉がいなければ、それらは廃材
と同じで、生徒たちの独自的な才能を延ばすことはできない。
ジルのアーティストとしての原点は、八歳の時に村にやってきたサーカ
ス小屋に行き、そこでひとりのクラウンの芸に魅惑されたことにある。ジ
ル少年は、家に帰ってすぐに〈綱渡り〉の練習を始める。つまり、ジルは
綱の上で巧妙に、面白おかしく、バランスをとる一人の〈クラウン〉(教
師)と出会うことで、〈一本の綱〉を使うだけでひとを魅惑することがで
きることを知ったのである。二度目は、「ブレッド・アンド・パペット・
シアター」の主宰者に認められて、大道人形劇に〈竹馬〉で参加したこと
である。
一人の有能な〈教師〉足るべき主宰者がいて、そこに〈一本の綱〉や
〈竹馬〉を自在に操れる芸人がいて、劇場としてのストリートがあれば、
ひとを感動させるショーは成立する。ジルはシンプルなショーの何たるか
を知っているからこそ、都市に専用の大劇場を造っても、そのショーのク
オリティを落とすようなことはないのである。
ショーにおいても、教育においても、まずは〈人〉なのである。ジルが
〈アーティストを探しながら〉、〈コンテンツを探しながら〉今までやっ
て来たことで、「シルク・ドゥ・ソレイユ」は大きく成長することができ
たと言える。先にわたしは「ZED」のクリエイターたち一人一人のコメ
ントを検証してつくづく〈人〉の重要性を再確認した。
インスピレーションのない、独自性のない、想像力のない〈人〉がトッ
プに立った企業は遅かれ早かれ廃業に追い込まれるだろう。ジルがショー
・ビジネスの経営者として優れているのは、有能な人材の発見と獲得だけ
ではなく、いつも資金調達を考えていたことである。資金が潤沢であれば、
さらなる有能な人材を雇うことができ、その有能な〈人〉たちが、さまざ
まな議論を重ね、さらなるコンテンツを作り上げていくことを可能にする。
成功し、トップに立ったジルの邪気のない顔が、初めてサーカスを観た
ときの八歳時の衝撃的な顔と重なる。〈夢〉を見るひとはたくさんいる。
寝ることでしか〈夢〉を見られないひとは数限りない。ジルは〈夢〉をこ
の現実世界の中で実現した。否、さらに実現しつつある。自分の〈夢〉の
実現で、生活の糧を得るようにしたこと、このことはその事業に係わるク
リエイターやアーティストやスタッフばかりでなく、劇場に集まる多くの
観客にも絵空事ではない勇気を与える。
ここまで書いてきて、ジルが居間で寛ぐ、赤いだぶだぶの衣装を脱いだ
サンタクロースおじさんのように見えてきた。二十一世紀を生きる、子供
にも大人にも壮大で華麗な〈夢と冒険〉のプレゼントを贈り続ける人、そ
れが「シルク・ドゥ・ソレイユ」の創始者の一人、ジル・サンクロワであ
ると確信した。

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