2009
08.30

「ZED」を観る(連載26)糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」を読む(その1)

「ZED」を観る

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カタログより。糸井重里さん
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「ZED」を観る(連載26)
(初出「D文学通信」1223号・2009年08月30日)
糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」を読む(その1)  
清水正

「シルク・ドゥ・ソレイユ」と
創始者の一人、ジル・サンクロワの秘密に迫る。(1)


コピー・ライターの糸井重里が「Souvenir Program」に
「The Report 」を寄せている。見出しは
『きっといつでも、「はじめての観客」になれる。』である。
このタイトルを見たとき、わたしもまたショー「ZED」の〈はじめての
観客〉であったことを思い出した。
読むと、わたしの思いはほとんど糸井重里の思いに重なる。小見出しは
「観客としての喜び」「つくり手としての驚き」「組織に対する興味」
「シルク・ドゥ・ソレイユを知りたい」「知ればしるほど」で、まるでわ
たしの思いを彼が代弁してくれているような感じである。
「ZED」は一観客としてのわたしを十分に楽しませてくれた。しかし、
それだけではすまなかった。すでに「「ZED」を観る」の連載も25回を
超えた。しかも、いつ終わるのか分からない。つまり「ZED」は、わた
しを一観客だけにとどまらせずに、わたしの魂を揺さぶって批評行為を促
すものとなった。
観客は観客としての喜びを感じて、それを何度も味わおうとすれば、何
回でも劇場に通えばいいし、ブログを持つ者であれば、その感動を短いコ
メントで発表すればいい。わたしの場合は、自分が納得の行くところまで
突き進まないとだめなので、こうして執拗に批評を展開している。
わたしの批評はテキストの解体とその再構築にあるので、単なる鑑賞の
域にとどまることはできない。テキストの世界の果ての果てまで踏み込み
ながら、その世界を再構築するという創造的な行為を目指すことになる。
観客としての立場、つまり観るという行為を徹底することは批評の前提で
あるが、そこから想像力・創造力を駆使した再構築化はすでに始まってい
る。
わたしは日大芸術学部の教授として〈講義〉という仕事もしている。通
称〈日芸〉と言われる日本大学の一学部に所属し、そこで授業や学科運営
に携わる者にとって、シルク・ドゥ・ソレイユという〈組織に対する興
味〉は当然起こる。
日芸は現在、文芸、美術、デザイン、写真、映画、演劇、音楽、放送の
八学科が開設されているが、これら一つ一つの学科が独自のカリキュラム
を組みながら、学部全体としての芸術的統一性が求められている。「シル
ク・ドゥ・ソレイユ」という独創的なショービジネスを世界的規模で成功
させた組織を研究することは、日芸に所属する一教授のわたしにとってた
いへん刺激的な仕事なのである。
糸井重里は「観客として楽しんで、つくり手として感心して、その組織
に対して強い興味を覚えたぼくは、シルク・ドゥ・ソレイユをのぞきに行
くことになります」「シルク・ドゥ・ソレイユみたいなやり方で、いろん
な組織がいろんなものをつくっていけば、あちこちにいろんな可能性を持
ったシルク・ドゥ・ソレイユが育っていくんじゃないか」と書いている。
まったく同感である。このようなすばらしいショーを作り上げ、世界各
国の観客を感動の渦に巻き込む力はどこにあるのか。創造行為に係わる者
なら誰でもその秘密を探り当てたいと考えるだろう。
わたしは糸井重里の言葉に深く共感したので、彼が主宰しているウェブ
サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」(通称「ほぼ日」)を見ることにした。そ
こには多くの「ZED」関連の記事やインタヴューが載っており、たいへ
ん参考になった。
まずわたしが興味を抱いたのは、創始者の一人、ジル・サンクロワであ
る。「シルク・ドゥ・ソレイユ」の創始者はどのような人生と思想を持っ
たひとなのか。「ZED」のすばらしさに感激した者なら、だれだって創
始者の言葉に多大な関心を持つだろう。
「ほぼ日」の記事でシルク・ドゥ・ソレイユは「サーカスと大道芸と音
楽を融合させた芸術的なショーで世界で7000万人以上の観客を魅了し
てきたエンターテイメントグループ」として紹介され、これからこの「不
思議で魅力的な集団」を追いかけると宣言する。
糸井重里は「世界一のサーカス集団、約3800名の従業員を抱え、世界中
で15のショーを運営するきわめて特殊な企業」から取材の招待を受ける。
糸井とその仲間たちは喜んで取材旅行の旅に出る。シルク・ドゥ・ソレ
イユの本社に着いた時の印象は「ガラスの扉をくぐるとそこは活気に満ち
ていました。思った以上に若い従業員たち。どこからどう見てもアスリー
ト、という集団がいるかと思えば、おじさんやおばさんの姿も目立ちます。
どの顔も、きらきらと、楽しそう。とても世界的企業の本社とは思えませ
んでした」と書かれている。
わたしはこの記述に「シルク・ドゥ・ソレイユ」の秘密がすでに明かさ
れているような気がする。独創的で発展的な企業を支える者たちは、活気
に溢れ、瞳が輝いていて、楽しそうでなければならない。特にトップにあ
る者のヴィジョンとやる気が、その社員たちに反映する。糸井一行のひと
たちの目に〈どの顔〉もきらきらと輝いていたということは、トップがす
ばらしいということである。

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