2009
08.29

「ZED」を観る(連載25) キャラクターを活かすメイク

「ZED」を観る

2006_0122_235220-CIMG0023.JPG
カタログより。エレニ・ウラニス
ここをクリックする  「清水正の本」 「清水正の著作一覧」 
「ZED」を観る(連載25)
(初出「D文学通信」1222号・2009年08月29日)
「Souvenir Program」を読む(その23)  
清水正

「ZED」のメイクアップ・デザイナーの課題とは
登場人物を人間的に描くということ


今回はメイクアップ・デザイナーのエレニ・ウラニスの言葉を検証したい。
メイクアップ・デザイナーのエレニ・ウラニスは次のように語っている。
  「ゼッド」の課題の一つは、多くのアーティストが複数のキャラクター
を演ずることでした。また、衣装は驚くほどカラフルで、暗い照明の中で
空中で行われる演技もあります。こうした要素のすべてが、私のメイクア
ップ・デザインに影響していますが、演出家にとって、そして私にとって、
もっとも重要なことは登場人物を人間的に描くということでした。
 
メイクアップとは文字通りメイクして効果をあげるということである。
日常における化粧とは違って、舞台上で観客たちに強い印象を与える必要
がある。当然、キャラクターを際立たせる誇張、強調がある。
人間の顔には強調すべき髪、眉、眼、鼻、口、顎、頬がある。髪は鬘を
つければどうにでもなる。長くも短くも、坊主にすることもつるっ禿にす
ることもできる。眉も剃って異様な感じをだすことができるし、細く長く
つり上げて描けば意地の悪さを、黒く太くすれば意志の強さを強調するこ
とができる。眼は、役柄を強調すれば瞳に色付きレンズを装着することが
できるし、眼の回りは睫毛を含めていろいろな工夫が出来る。鼻もその先
端を赤く塗っただけで道化師の様相を帯びるし、長く鋭い付け鼻を装着す
れば魔女的な相貌を帯びる。豚鼻を装着すれば愚鈍や貪欲を象徴すること
になる。口も両頬にかけて大きく赤く(または黒く)鋭く描けば、その人
間の悪魔的な欲望を端的に表現することができる。顎を鋭く尖らせるか、
丸みを帯びたものにするかによってそのキャラクターの印象は対極となる。
しかも顎にはどのような形状の付け髯でも装着することができる。頬もま
たメイクデザイナーにしてみれば、どのようなものでも描くことのできる
キャンバスのようなものであろう。
さまざまな照明の光度のもとで、そのキャラクターを生かしきるメイク
アップを考えるのが、エレニ・ウラニスの仕事であるが、彼女が第一に重
視したのが〈登場人物を人間的に描くこと〉であったということは注目に
値する。この言葉にも「ZED」のクリエイターたちに共通する、一つの
インスピレーションに基づいたバランスの大切さがさりげなく強調されて
いる。
メイクを極端に誇張すれば、演技者は〈人間〉から離れて、奇怪で幻想
的な架空の動物のような相貌を身に纏うことになる。ショー「ZED」は
あくまでも、人間(クリエイターやアーティストやアルチザン)による人
間(観客)のための人間の本質に迫る、一つの壮大なストーリイ性を抱え
持ったアクロバットショーであり、わたしが今まで、その言葉によって検
証してきたすべてのクリエイターたちがこのことをよく認識している。
メイクアップ・デザイナーのエレニ・ウラニスは、照明デザイナーのデ
ーヴィッド・フィンと、野球のキャッチャーとピィッチャーのような濃密
な関係を取り結び、アーティストたちの、そのパフォーマンスがいかにす
ればより映えるのかを徹底して討議し、労を惜しまず工夫を重ねて、登場
人物各自のキャラを際立たせることに成功している。
今まで検証してきたことですでに明らかであるが、ショー「ZED」の
クリエイターたちは、ガイド&フアウンダーのギー・ラリベルテや演出家
のフランソワ・ジラールに舞い降りたインスピレーションに沿って、独自
の工夫を凝らしている。そのクリエイターたち同士のコンビネーションも
見事としか言いようがない。
最後になったが、プロダクション・マネジャーのマイケル・アンダーソ
ンは「今回のショーは、二つの世界が一つになることをテーマにしていま
すが、私たちは、これをステージの上だけでなく、現実の世界でも実現し
ました。シルク・ドゥ・ソレイユと日本の皆さまです」とコメントしてい
るが、「ZED」を観て感動した一人の観客、「ZED」を観て批評衝動
に強く駆られた一人の批評家として、彼の言葉を喜びと感謝の気持ちで受
け止めたいと思う。(2009年8月26日)

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。