2009
08.28

五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載21)

寺山修司・関係

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寺山修司と都市伝説
五十嵐 綾野

「寺山修司はトミノの地獄を朗読したために亡くなった。」という噂を偶然に見つけた。それも、オカルト系のサイトである。正しいか正しくないかはとりあえず考えない。今まで聞いたこともない情報だ。一見寺山と関係がなさそうな感じであるが、インターネットで検索をすると、本当に出てきた。怪しげなものばかり、次々と出てきた。 寺山の死因について病死以外の理由を初めて見た。「呪いによる死」というのは、寺山が好みそうでもある。
大半が、寺山がどんな人物だったか知らないであろう人たちによる書き込みである。「(よく知らないけれど)寺山修司という有名人が死んだらしいよ」という話が若者の間で語り継がれている。だから、黙読まではセーフだが、絶対に音読をしてはいけない。よく知らない人が被害者であるのに、騒ぎ立てているところが噂話の怖いところだ。
 この「トミノの地獄」は西條八十の詩集『砂金』の中の一作品である。確かに、少し気持ち悪い印象を受ける。夜にはなるべく読みたくない。いつかははっきりしないが、この詩を声に出して読むと凶事が起きると言われるようになったという。寺山の他にも、この詩を絵画化した画家が謎の自殺をしたと言われ、噂が噂を呼び、都市伝説の一つになった。
 寺山のことを少しでも知っていれば、この噂が単なる嘘だとすぐにわかる。中でも「1983年に寺山修司が音読をして亡くなった」というのが一番はっきりしている。これ以降、謎の自殺者や変死が増えたということだが、データがないのでわからない。ただの噂レベルだろう。確かに寺山が亡くなったのは1983年である。原因は、敗血症。長年、肝硬変を患っていたので、突発性の疾患ではない。ではなぜ、「トミノの地獄」と寺山が結び付いたのか。実は、全く関係がないわけではないのである。
 寺山は、1974年にクランクインされた映画『田園に死す』の中で「惜春鳥」という「トミノの地獄」のパロディを製作しているのである。朗読どころか、映画の中では合唱している。使われているのは、赤ん坊の間引きのシーンという、パロディといえども二重の怖さである。寺山は十歳の頃から、西條八十を愛読していたと言われている。そして、自叙伝にも『誰か故郷を思わざる』と名付けている。
 このように、寺山と「トミノの地獄」は全く関係がないわけではないが、事実と虚構が変に絡み合っている。全てデタラメではなく、事実も交じっているから余計信憑性が増す。それも、寺山が亡くなって20年以上もたった現代において噂が広まっているのが興味深い。これを機に、寺山を調べた人もいるだろう。都市伝説から寺山へ。西條八十へ。意外な形で文学は読み継がれるものである。正しいルートとは言えないが、きっかけには変わりはない。
 本当にこのことに関して調べようと思ったら、噂の元を探らなければいけない。インターネットでは一瞬にして噂は広まる。都市伝説が昔より増えたのも、この環境の影響が大きい。些細なことでも、コメントやトラックバックで無限に広がっていく。本当に西條八十の詩を愛読している人にとっては、ただの嫌な話である。いつ寺山の詩が「呪いの詩」とされるようになってもおかしくはない。西條八十に負けず劣らず、おどろおどろしい作品もあるからだ。美しいとされる詩がいつひっくり返るかわからない。逆に言えば、誰でも「呪いの詩」の発信者になれるということだ。
 私は、呪術や言霊信仰といったオカルト現象には子供のころから興味があった。怖いのについ読んでしまう。心底信じているかどうかは言いきれないが、暗示や潜在的なものが関係していると考える。自分の目で見るということが一番大切な行動だ。信じる信じないで騒ぐ前に噂の経緯を探ったほうが得るものがあるのではないだろうか。寺山も、マザーグースや童謡に非常に興味を持って研究していた。『花嫁化鳥』という呪術紀行エッセイもある。自分も気がつかないうちに、興味は連鎖していくものだと納得した。それでも今後は、「トミノの地獄」を音読するのは止めようと思った。

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