2009
08.26

「ZED」を観る(連載22) ショーの振付と暗黒舞踏

「ZED」を観る

2006_0122_081749-CIMG9997.JPG
カタログより。ジャン=ジャック・ピエ
ここをクリックする  「清水正の本」 「清水正の著作一覧」 
「ZED」を観る(連載22)
(初出「D文学通信」1219号・2009年08月26日)
「Souvenir Program」を読む(その20)  
清水正

ショーの振付と
暗黒舞踏
振付のジャン=ジャック・ピエとデボラ・ブラウンの言葉に迫る


今回は振付のジャン=ジャック・ピエとデボラ・ブラウンの言葉に迫ってみたい。
ピエは次のように語っている。
私は、演劇から多くのインスピレーションを得ますが、静止した姿に動
きを表現したオーギュスト・ロダンやアルトゥーロ・ジャコメッティの彫
刻からも多くの影響を受けました。「ゼッド」における私の目標は、華麗
な身振りの振付に頼ることなく、アクロバットと振付を通じて作品のサブ
テキストを表現すること。私は、動きというよりも情緒を振り付けること
を大切にしています。
 
ショー「ZED」の見所が華麗でスピーディなアクロバティックなパフ
ォーマンスにあることは確かだ。しかし、わたしが眼を見張ったのは〈天
と地の出会い〉と名付けられたハンド・トゥ・ハンドの演技であった。
〈動〉の極限に〈静〉があり、〈静〉の極限に〈動〉がある。この男女二
人が演ずる〈静〉とゆるやかな動きは、華やかな「ZED」の舞台にあっ
て、その中心を指示するような迫力があった。
〈ハンド・トゥ・ハンド〉というネーミングが、「ZED」の根本的な
コンセプト(二つのものを一つに結びつけるということ)を負っているこ
とは明確だが、この男女二人の演技は奇しくもそういったショー的次元に
おける意味を超えていたことも確かである。彼らの演技は、日本特有の暗
黒舞踏の系譜に繋がるものを感じた。
西洋の舞踊においては、舞手がいかに高く飛び、いかに大きく旋回する
かが重要視される。神は天にあり、崇高なるものを表現しようとすれば舞
手は人間の跳躍力の限りを尽くして高く飛ばなければならない。しかし土
方巽が創始した暗黒舞踏においては、立とうとして立てない身体、生きな
がらにして死んだ肉体が重要視される。より高く飛んだり跳ねたりする代
わりに、がに股で這いつくばるような、限りなく静を保った微細な動きが
要求される。暗黒舞踏においては、飛ばないこと、跳ねないこと、身体を
〈静〉に限りなく近づけることで、宇宙大の動きを表現することが要請さ
れている。
〈ハンド・トゥ・ハンド〉の二人の男女の動きは、〈静〉を前提にした
きわめてゆるやかな動きに徹しており、華麗なアクロバティックな演技の
連続の中で特異な位置を占めている。しかし、この〈ハンド・トゥ・ハン
ド〉もまたバランスを何よりも大切にする「ZED」の一部としてショー
全体に見事に融合している。
ロダンやジャコメッティの彫刻から強い影響を受けたというジャン=ジ
ャック・ピエは、「ZED」において、動かない彫刻を動かした。ロダン
の彫刻は激しい〈動〉を〈静〉の形に凝結させた。ジャコメッティは形を
極限にまで追い詰めた。形を極限まで追い詰めれば〈ゼロ〉になる。形を、
その姿を消す極限まで追い詰めて〈形〉にしたのがジャコメッティである。
土方巽は宇宙を経めぐる究極の〈動〉を目指して、限りない〈静〉の舞
踏へと至りついた。ピエは土方巽や大野一男、大野義人の舞踏を知ってい
るのだろうか。舞踊、舞踏はさまざまな複雑な動きをするが、日本で誕生
した暗黒舞踏は、〈動〉を通して限りなく〈静〉に近づこうと指向性を一
貫して貫いている。
わたしは「ZED」に〈ハンド・トゥ・ハンド〉が登場したとき、激し
い〈動〉の中に〈静〉を登場させた、その演出に目を見張った。ロダンの
〈彫刻〉が、ジャコメッティの〈彫刻〉が、舞台に登場することの衝撃は、
激しいアクロバットの芸が凍結する危険性を孕んでいるということでもあ
る。
ピエは「アクロバットと振付を通じて作品のサブテキストを表現するこ
と」と語っていた。この言葉を謙虚と受け止めるべきなのか。この言葉自
体がわたしにはアクロバット風に思える。〈ハンド・トゥ・ハンド〉の
〈静〉がアクロバティックな諸芸のすべての〈動〉を凍結し、その〈静〉
が宇宙を飛翔する〈動〉ともなるのだ。ピエもまた、すべてを承知の上で
ショー「ZED」のハーモニーを第一にしたクリエイターと言えよう。
もう一人の振付担当のデボラ・ブラウンは次のように語っている。
「ゼッド」のアーティストたちの中にはプロのダンサーではない人もい
るため、アクロバティックに潜在するリズムを基に動きを振り付けるとい
う方法を取りました。アーティストは、それぞれ個性がまったく違います
し、まったく異なる文化から来ていますが、それぞれの最良の部分を引き
出すことが私の役目だとおもっています。

2006_0122_082038-CIMG0002.JPG
カタログより。デボラ・ブラウン
ジャン=ジャック・ピエがハンド・トゥ・ハンドに代表される〈静〉の
側面を担当し、デボラ・ブラウンが〈動〉の側面をそれぞれ担当したので
あろうか。サーカスにおいて華麗で躍動感溢れるアクロバティックな動き
は主流を占めるが、ピエの〈静〉はその〈動〉に匹敵する迫力をもって迫
ってきた。
ハンド・トゥ・ハンドは男と女、天と地の融合という、まさに「ZE
D」の根本的なヴィジョンである二つのものを一つに結びつけているが、
ショー「ZED」の舞台全体においては「リズムを基に動きを振り付け
た」ブラウンの〈動〉とピエの〈静〉が見事に溶け合って一つの大いなる
ディオニュソス的な世界を造り上げていた。
ブラウンの言葉にも、異なった文化、異なった独自の才能を持った各自
のアーティストたちの能力を最大限に引き出し、「ZED」全体のバラン
スを実現しようとする確固たる意思が表明されている。アクロバティック
な激しい〈動〉と、彫刻のように限りなく動かないことを理想とする〈
静〉とが、一つの舞台で見事なバランスをとったということは奇跡的な出
来事でさえある。
独自の強烈な主張を持ったクリエイターたちが寄り集まって、対話を重
ね、リハーサルを繰り返し、大いなるインスピレーションに導かれて、一
つの総合的なショーを造り上げる。「ZED」は、或る何か大きな力に導
かれ、クリエイターやアーティストたちの分裂、葛藤、確執を乗り越えて
完成に至ったのだという思いを強くする。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。