2009
08.21

「ZED」を観る(連載18)

「ZED」を観る, ドストエフスキー関係

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「ZED」のガイドブックより。ルネ・アプリル
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「ZED」を観る(連載18)
(初出「D文学通信」1215号・2009年08月22日)
「Souvenir Program」を読む(その16)  
清水正

今回は衣装デザイナーのルネ・アプリル
の言葉に耳を傾けてみたい。


「ZED」の衣装は、フランソワ・ジラールのビジュアル世界にふさわ
しい「線」の統一性と純粋性を目指しました。私は、感じる力と直感を大
切に多くの仕事をしてきました。
 
わたしがこの文章を読んで快く思うのは、彼女もまた〈感じる力〉と
〈直感〉を大切にしていることである。『罪と罰』の読者なら、酔漢マル
メラードフがラスコーリニコフに向かって言った「わたしはあなたをもの
に感ずる心をもったお方とお見受けしたので話しかけたのです」を思い起
こすだろう。
ドストエフスキーの文学において重要視されたのはサストラ
ダーニィエ(сострадание=同情・憐憫)とスラドストラース
ティエ(сладострастие=淫蕩・情欲)である。「ZED」
が人間の本質に迫るという根源的なテーマを抱えている以上は、この二つ
が舞台上で表現されていなければならないことになる。
さてルネ・アプリルの言う〈フランソワ・ジラールのビジュアル世界に
ふさわしい「線」の統一性と純粋性〉という言葉をどう理解したらいいの
だろうか。
まずは「ZED」のビジュアル世界から考えてみよう。眼前に開かれ
た世界に眼をやれば、観客席に迫り出した中央の円形舞台の床模様がすで
に宇宙全体を象徴するかのような青を基調にして、神秘的な深さと拡がり
を感じさせ、天空から吊るされた黒で統一された〈地球儀〉は浮揚感と重
力を感じさせる。〈地球儀〉の上部を覆う白いテント布、中央舞台と背後
の廊下舞台、そして中空を独自の生き物のよう舞いながらスボットライト
を浴びせる何本もの青いライトポール、それらが〈青〉(女神と天使の衣
装)、〈赤〉(天使の衣装、ジャグリングの衣装と火)、〈白〉(ゼッド、
フライング・トラピスの衣装)、〈黄〉(バトンの衣装)、〈赤と白〉
(バンキンの衣装)、〈黒〉(〈地球儀〉と舞台背景)などのアーティス
トたちの色彩と交錯しながら「ZED」独自の〈ビジュアル世界〉を作り
上げている。
フランソワ・ジラールのビジュアル世界にふさわしい「線」の統一性と
はどういうことか。ジラールがイメージする〈線〉とは何なのか。まず第
一に「ZED」に特質的な〈線〉は地(及び奈落)と天とを貫く垂直軸と
しての〈縦線〉である。第二に中空を舞う天使やフライング・トラピスに
おけるアーティストの曲線的な柔らかい飛行線である。この〈縦線〉と
〈横線〉が宇宙大に拡がりを見せた時、初めてジラールのビジュアル世界
にふさわしい「線」の統一性が実現されたことなる。
すべての星々はただ一つの例外もなく、すべて円運動を展開している。
それは太陽とて銀河宇宙全体を視野に入れれば同じことである。しかし、
ジラールが曲線を描く〈横線〉に甘んじられなかったところに、彼の垂直
的な志向性が顕になる。〈横線〉は世界の生成流転する自然の世界を顕し、
〈縦線〉は自然運行を支配統治する神の働きの象徴性そのものである。女
神は曲線を描いて中央舞台へと舞い降りてはならない。女神の動きは天か
ら地へ、地から天へと垂直的な動きを示すことでその〈神〉的崇高さを顕
さなければならない。ジラールは世界が垂直軸と水平軸からなっているこ
とを知っており、この両線が交わるところに〈夢と冒険〉のショー舞台を
設定した。
ジラールはどこにいる。神の後ろ姿が見える地点に視点を据えているの
か。もしそうでなければショー「ZED」は失敗に終わっだろう。ジラー
ルの眼差しが天と地を繋ぐ円還運動をとらえていなければ、「ZED」は
単なる娯楽としてのショーの次元にとどまったであろう。ことの真実は今
のところ不明だとしても、わたしの眼に「ZED」は、天と地を貫く垂直
軸を抱え込んだ途方もなく大きな円還的時空を現出しているように感じた。
ジラールの〈純粋性〉とは一言で言えば邪がないということである。劇
場に集まってきた観客を存分に楽しませたいという、その思いが他の何よ
りも優先する精神と言ってもいい。経営的利益や、権力志向が優先した
〈舞台〉が観客の魂を振るわせることはない。ルネ・アプリルが衣装担当
のクリエイターとしてジラールの〈「線〉の統一性と純粋性〉を目指した
いと語ったことは、彼女がジラールが目指すヴィジョンを同じ位置から見
ていたということのひとつの証である。

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