2009
08.20

「ZED」を観る(連載16)

「ZED」を観る

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「ZED」のガイドブックより。
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「ZED」を観る(連載16)
(初出「D文学通信」1213号・2009年08月20日)
「Souvenir Program」を読む(その14)  
清水正

「ZED」の舞台に幕はなく、劇場に入った時からすでに、ショーは始まっていると言ってもいい。まさにサーカス小屋の発想に基づいている。


劇場内での喫煙、録音、撮影はご遠慮ください、と歩き
ながら注意する女性の係員からして、その衣装はすでに演劇的なデザイン
と色彩がほどこされている。言わば彼女たちは舞台上の演技者と観客の中
間地帯に配置された、ショー「ZED」のスタッフの一員と言える。
席に座ってまず眼を見張るのは半球体の〈地球儀〉と、舞台上空につり
上げられた巨大な白テントである。この白テントは劇場全体を包み込む役
目から解放されて、壮大な劇場に何か意味ありげに大きな波をうって吊る
されている。
サーカスにおける白テントは、外部の日常世界を閉ざし、入場者を夢と
冒険の世界へと誘うための防壁であり、雨風を遮る壁と天井の役割を果た
している。いったん、白テントの中へと入り込めば、そこには薄暗い〈母
胎〉のような、妙に懐かしい感じのする空間が広がっている。照明の当て
かた次第では、舞台の人物は大きな影絵となって内側の白テント(スクリ
ーン)に映し出される。
ショーマンたちは、現実の世界では、まず起こりそうもない意外な出来
事を、ショック死しない程度にいかに見せるか、ということもいつも考え
ている。薄い一枚の白テントをめくって、サーカス小屋に入った観客が求
めているのは、日常を逸脱した物や事との生々しい出会いであり、体験で
ある。そこにいる時間に、観客が日常を思い起こすようでは、すでに興行
は失敗である。
クリエイターやアーティストは、観客すべてが背負い、引きずっている
〈日常〉をすっぱりと切り捨て、瞬時に〈夢と冒険〉のファンタジーの時
空へと連れ去らなければならない。そのためにさまざまな演出上の工夫が
あり、厳しい日々の習練がある。「ZED」がショーとして成功している
のは、インスピレーションを重要視するクリエイターたちのヴィジョンと、
アーティストたちの高度で華麗な演技力が存分に舞台上に反映されている
結果である。
二人のクラウンが書物の中に墜落した後、すぐに彼らのシルエットが舞
台背後の白テントに浮かびあがる。クラウンは劇場内〈現実〉から、突然、
予期せぬ墜落によって〈現実〉の向こう側の世界、まさに〈夢と冒険〉の
ファンタジーの世界へと旅立ったのである。ここで観客は、「ZED」の
舞台が実に複雑な構造を持っているかを感じる。
クラウンは、道化的な存在として、中央に迫り出している円形舞台と観
客席を自在に動き回っている。「ZED」で観客をいじくることが許され
ているのは、この二人のクラウンのみで、ほかのアーティストたちは〈夢
と冒険〉のファンタジー世界からの逸脱は許されていない。彼らに許され
ているのは、高度で華麗な演技のみで観客の内的世界に入り込むことだけ
である。
円形舞台を中央に据えて、その背後に三段に及ぶ通路のような廊下舞台
があり、そこでも、歌手が登場して独唱したり、バンド演奏があったり、
アーティストたちの演技が披露されたりする。観客は、二つの眼で複数の
豪華な演技場面を見なければならない。よくよく注意深く眼を凝らしてい
ても、見逃してしまう場面も多い。劇場内で展開される演技演奏場面(さ
らに観客の反応など)を十台以上のカメラで撮影して〈映像作品〉に再構
築すれば、いったい何本の作品が出来上がることであろうか。
セット・デザイナーのフランソワ・セガンが古代の天文観測儀アストロ
ラーベに大きなインスピレーションを得たこと、また「舞台をあたかも映
画の一画面のように埋め尽くしたい」と考えたことは重要である。古代の
人々は満天の空に明滅する無数の星々を眺めながら、壮大な物語を作り上
げた。星々は地上に生きる人間の想像・創造力を鍛え上げた。現実の世界
で起こる様々な出来事の喜怒哀楽を星々の配置や動き、光の強さなどに託
して運命的な物語を生み出していったのである。
時たま、思いついたように見上げる東京の夜空に、壮大で運命的な物語
を喚起させるエネルギーは放たれていないが、古代の夜空はまさに宇宙大
の劇場であり、仰ぎ見る者の想像力に神秘的な力を与えるものだった。自
然が作りだす、スケールの大きな劇場と、そのドラマに神秘と畏怖を感じ
た者のみが、星々から創造のインスピレーションを与えられるである。

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