2009
07.27

小林秀雄の三角関係(連載⑩)

ドストエフスキー関係, 小林秀雄

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2008年夏 ロシアへの旅
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小林秀雄の三角関係(連載⑩)

(初出「D文学通信」1195号・2009年06月25日)
清水正
小林は告白の才能もなければ、思い出の創作もする気はないと書いた。妹
への手紙が後に公表されるとは思っていなかっただろうし、その手紙で、あ
まりにも深く暗い悔恨の穴に照明を与えようとも思ってはいなかったであろ
う。小林は批評家であるから、その穴の実態は批評作品を通して記述する他
はない。小林のドストエフスキーの作品批評の中には、中也から奪った女泰
子との地獄の日々が反映されているはずである。泰子の〈虐待〉と小林の
〈忍耐〉、その〈悪夢〉のような日々の実態は、たとえばムイシュキンとロ
ゴージンとナスターシャの三角関係の中に反映せずにはおれないだろう。


秀雄の妹潤子の記述に冷静な客観的な分析を求めること自体が酷というも
のだろう。潤子はあくまでも兄の味方であり、弁護者であり、兄の名誉を回
復するために労を惜しまぬ者としてこの本を書いている。
何と兄は我慢をしたことだろう。何と道化師のような、表面とは全くち
がった、外へは現わせない、深い悲しみを身にしみて経験したことだろう。
兄にこのような辛抱強さがあったことに、私はびっくりした。そして感動し
た。
「兄さんは常に誠実だったよ……」
私はこの言葉をよんで、涙が出て来た。本当に兄は誠実に愛人につくし
た。そして生涯を通じて、真実な、誠実な人であった。今、こういい切るこ
とが出来ることを、私はどんなに嬉しく、感謝するかわからない。
(103 ~
104 )
潤子のこの本は兄に対する畏敬の念に満ちている。夫を亡くした後、病身
の母がどれほど一人息子を頼りにしていたか、その思いはひしひしと伝わっ
てくる。妹の潤子が、勝手なことばかりをして母に心配ばかりかけている兄
の秀雄をどれほど恨んだかも分かるし、泰子から逃れた兄からの手紙を読ん
でからの、兄に対する同情も尊敬の念も分かる。潤子のこの本を読んでいる
と、小林家の、大黒柱を失った後の、残された三人の絆の強さもよく伝わっ
て、思わず涙がにじんでくるような記述もある。わたしは、終始、『罪と
罰』の夫を亡くしたあと、女手一つで二人の子供を育て上げたプリヘーリヤ
を思い、その一人息子ロジオン・ラスコーリニコフを、その娘ドゥーニャの
ことを思っていた。
小林秀雄の家族関係は、まさにラスコーリニコフ家の残された三人家族に
重なるものがある。プリヘーリヤは年金百二十ルーブリの金と、仕立て代金
などで家計を切りもりしながら、息子のロジオンをペテルブルク大学の法学
部へと入学させている。当時のペテルブルク大学は貧しい官吏や町人の子弟
が多く、たとえ大学を卒業してもみながみな将来を約束されていたわけでは
ないし、ロジオンが入学した一八六二年当時は学生騒動が鎮圧された翌年に
あたり、入学者も激減していた。しかし、そうは言っても、プリヘーリヤが、
一人息子のロジオンに二百年の由緒あるラスコーリニコフ家の再建を熱望し
て、最高学府に送り込んだことにまちがいはない。
ロジオンはラスコーリニコフ家の嫡男として、一家の杖となり、柱となる
ことを使命づけられた青年であった。プリヘーリヤは今で言う教育ママであ
り、息子の立身出世のためには娘を犠牲にすることもいとわない母親であっ
た。プリヘーリヤの息子に対する愛は、自己愛の次元を超えていない。彼女
の息子に向けられた粘着質な愛情は、息子をのびのびと自由に生きさせるこ
とを封じてしまう。プリヘーリヤが娘ドゥーニャと敏腕家ルージンの結婚を
成立させようとしたのは、ロジオンの将来を思ってのことである。しかし、
この結婚話がいかに打算と思惑に汚れたものであるか、ロジオンはすぐに看
破して烈しい憤りにかられる。
問題は、ドゥーニャとルージンの結婚話一つに限っているのではない。プ
リヘーリヤの場合は、万事が万事、この調子でおこなわれてきたということ
なのである。プリヘーリヤは自分の第一の願望を率直に表明することはない。
その願望は何重もの幕によって隠されているが、しかし相手にはその何重も
の幕が一瞬のうちに透けて見えてしまう、そういった種類の幕なのである。
プリヘーリヤが望んでいるささやかな願望は、首都ペテルブルクで職を得た
ロジオンが、一刻もはやく成功して自分たち母と妹を呼び招いてくれること
である。貧しくてもいい、親子三人が水いらずの暮らしができれば、こんな
に幸せなことはないと思っている。少なくとも、プリヘーリヤは本気でその
ように思っている。しかし、ここが問題なのだ。本当にプリヘーリヤが一家
のつつましやかな幸福を願っていたのならば、愛も尊敬もないルージンとの
結婚など即座に拒否して、娘をむやみに苦しませるようなことはしなかった
であろう。しかし、この母親は息子ロジオンのためと思って、まったく息子
のためにならない結論を出してしまうのである。
『罪と罰』の読者の多くは、プリヘーリヤのロジオン宛の手紙を読んで彼
女の息子に対する愛情を受け取るかもしれない。が、わたしはこの奇妙なほ
ど長すぎる、いわば息子に伝えなくてもいいことまでだらだらだらだら書き
流すこのプリヘーリヤの手紙を読んで、ロジオンを殺人という〈踏み越え〉
にまで追い詰めていった張本人が、この母親だと思った。ロジオンは母プリ
ヘーリヤを殺す代わりに高利貸しの老婆を殺してしまったのではないかと思
えるほどである。
もちろん、小林一家三人をそのままラスコーリニコフ家の一家三人と重ね
合わせるわけにはいかないが、秀雄が小林一家の杖であり柱として母と妹に
期待されていた存在であったことは確かであろう。秀雄は一高から一年浪人
して東大仏文科へと入学した秀才である。泰子の回想や中也の書いたものだ
けを読んでいると、小林秀雄が秀才であり選ばれた人々の一人であったこと
を失念してしまうが、彼がエリートコースを歩んでいた学生であったことに
間違いはない。
泰子の回想や小林の手紙を読めば、小林は一歩間違えば電車に轢かれて死
んでいてもおかしくないし、どちらかが殺人者になっていてもおかしくなか
った。幸いにも、二人の間に〈殺人〉という凶行はなかったが、それは現実
の世界においてなかっただけのことであり、中也を含めた彼ら三人の内的世
界においては凄まじい凶行が演じられていたと見ることができよう。小林も
中也も、泰子をめぐる三角関係の内奥に直接踏み込んで、そのグチャグチャ
のドラマを記述することはなかった。しかし、小林がドストエフスキーの作
品にのめり込んでいったその必然性を考えれば、彼がドストエフスキー論を
通して泰子と中也との三角関係に肉薄しようとしたことは今更言うまでもな
い。
ドストエフスキーが文学作品によって掘り下げ、描き尽くした人間内面の
深奥と同程度のものを、現に生きて生活している肉親に向けて披露できるわ
けもない。十七歳のドストエフスキーは兄のミハイルに宛てて、人間は神秘
であり、それを解き明かすために一生を費やすことに悔いはないと書いた。
そのためにドストエフスキーが選んだ途が小説家になることであった。絵画、
音楽、演劇・・・ひとはその得意な分野において人間の謎に迫ることができ
よう。ドストエフスキーが選んだのは文学、それも小説という形式であった。
彼は、自分の思想、感情を様々な人物に仮託し、物語展開の中に放った。わ
たしたちは彼の作品世界に参入することによって、人物たちとかなり深い次
元で対話的関係を取り結び、まさに現実世界の人間以上の関係を作り上げる。
彼の小説を読むということは、表面上の読書などという経験をはるかに超え
た体験なのである。たとえば、わたしはすでにラスコーリニコフと四十年以
上の関係を取り結んでいる。その体験は、生身の人間との関係をも超えた体
験なのであり、ラスコーリニコフは言葉によって構築された作品世界の中の
一人物という存在をはるかに超えて生きているのである。
わたしは現実に生きていた小林秀雄を知らず、中原中也を知らず、長谷川
泰子を知らない。わたしが知ることができるのは、彼らの著作や詩作品や回
想、同時代人たちの証言をおいてほかにはない。知るということは、同時代
を生き、交流があったから、そうでない者より的確にその人間の本質を掴め
るという単純なことではない。逆に同時代を生き、頻繁に交流したことで相
手の姿を客観的に把捉できない場合がある。生きた人間を掴まえることぐら
い難しいことはない。やはり一人の人間の全体像がそれなりに浮上してくる
ためには、その人が亡くなってからそれ相応の年月が経たなければならない。
多くの関係者の証言や回想もまた重要な要素であり、何より本人の書いたも
のの全体を検証する必要がある。

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