2009
07.27

小林秀雄の三角関係(連載9)

ドストエフスキー関係, 小林秀雄

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2008年夏 ロシアへの旅
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小林秀雄の三角関係(連載9)

(初出「D文学通信」1194号・2009年06月20日)
清水正
潤子は、友人中也の愛人を奪っておきながら、三年ばかりで逃げ出した、
いわば卑怯な男の代名詞に成り下がった兄の弁護役を引き受けたような節も
見られる。一時は、泰子のために母と自分を捨てた兄を恨んだこともあった
だけに、泰子を棄てた兄が心を開いて自分に思うことを手紙で知らせてくれ
たことがよほど嬉しかったのであろう。今まで、最も疎遠であった兄が、泰
子との別れを一つの契機として、とつぜん自分との距離を接近させた。それ
までの兄への恨み節は、兄への尊敬の念へと変わった。


潤子は、兄秀雄に父的なイメージを抱きつつも、乙女の恋心にも似た感情
を抱いていたかも知れない。愛人を捨てた兄秀雄に、新たに選ばれた女性が、
妹の潤子であったとも言えよう。泰子に対する厳しい評言は、兄の元愛人に
対する一種の対抗意識のようなものさえ感じさせる。
潤子は自分宛ての小林の手紙を何通も紹介している。泰子との関係に触れ
たものを次に引用しておく。
僕の気持が知りたいのか、わからないかな 尤もだ 大体事が常識はず
れの世界にあるんだからな。世の中に常識道徳とセンチメンタリズムよりシ
チ面倒な代物はない。
僕は飛び出した、つまり女を捨てたんだ、この位キッパリした奴はない、
世間じゃそれがキッパリしないんだらう。お母さんや妹をだましてゐるとい
ふのは一体如何いふ事から出てきたのか見当がつかない。僕は決して帰りは
しないよ、芝居なんかうたないよ。
あの女には心情といふものが欠除してゐるのだ 全々欠除してゐるのだ、
これは仲々わかる事ではない、俺だつてこの秘密を掴むまでづい分かゝつた
のだ。
僕は殆んど人間には考へられない虐待を受けた、そして人間には考へら
れない忍耐をして来た、今思へば悪夢の様だ。僕はこの間の苦しみは出来る
だけお母さんにもお前にもかくして来た、話したら驚いて了ふからな。お母
さんが近頃は病気は如何だと言つと唯心配するといけないから いゝ方だい
ゝ方だと答へてゐただけである。
例へば電車の中で一言言つた言葉を後になつて僕に思ひ出さす、僕が思
ひ出せない、と往来で僕の横つ面をピシャリとはる。悪口雑言する、それで
気がすむんならいゝのだが如何しても僕が思ひ出さない内は家に帰らない、
十二時すぎてもウロく・してゐるのだ、僕が癇癪起こしてぶち返さうもんな
ら大変だ 御機嫌を直すのに朝までかゝらねばならぬ。こんな事はほんの一
例だ 例をあげ出したら切りがない、
兄さんは常に誠実だつたよ、幾万回とない愚劣な質問に一つ一つ答へて
ゐた、幾万回とない奇妙な行動(と言つても解るまいが、障子を二度しめろ
とか返事を百度しろとか、手拭を十八度洗ひ直せとかいふ奴だ)をちやんと
やつて来た、さてこれが病気か 僕が居なくなればテニスも出来れば風呂に
もは入れる、便利な病気があるものだ。それはまあ如何でもいゝとして、僕
とゐる時には確かに病気としよう。然し剃刀を振り廻したり首をくゝらうと
したりする狂態を毎日見せつけられる事は、その事それだけで大変な苦痛だ。
病気であろうが、尤もであろうがそういふ事実は人間には常に錯乱体といふ
だけで堪らないものだ 見世物じやないんだからな。それもいゝとしよう。
一切が病気で仕方ないとしよう。処が、当人が常に恬然としてゐるのだから
何も彼もお終ひなのさ、「妾がひどい事をするのは病気だから仕方がない、
それを怒るのは貴方が馬鹿だ、妾は一生懸命におとなしくし様と努めてゐる、
貴方がもつとしつかりしてゐれば妾を騒がせない様に出来るのだ、だから貴
方が馬鹿だ」当人は断呼としてこれを信じてゐる、潔癖病でも脅迫観念でも
ありやしない、恬然病といふmoralityの病気なんだ。
松本さんが世話をしてゐる? そりやあの女に世話をして貰へるだけの
qualityがあるのさ、それだけの事だ、僕は有難うとも言はないし、世話し
てくれるなとも言はないよ。僕の行為は常識道徳で明瞭に愛の誓の廃棄さ、
だがこれについては神様だけが御存知だ、他人の世話にはならない。
(101
~103 )
こういった手紙を兄から貰って感動していた潤子は、小林と泰子の関係に
ついては、絶対的に兄の誠実を信じた。潤子は兄の〈具体的な苦しみの内
容〉を知って、身震いする。「何と兄は我慢したことだろう。何と表面とは
全くちがった、外へは現わせない、深い悲しみを身にしみて経験したことだ
ろう。兄にこのような辛抱強さがあったことに、私はびっくりした。そして
感動した」と潤子は書いているが、これが率直な思いであったに間違いはな
い。小林は自分の行為を道徳や常識の次元で見れば、それは明瞭に〈愛の誓
の廃棄〉であることを自覚しているのであるから、読み手は敢えてこの次元
での非難はしづらいことになる。
  この手紙の中に出てくる〈松本さん〉とは、小林が泰子と東中野の谷戸に
住んでいた時の大家松本泰の妻恵子のことを言っているのであろう。潤子は
小林が泰子から逃げて姿をくらましてしまった時、恵子が「随分ひどい人ね、
いくら気が変ったといっても、愛がなくなったといっても、今まで愛しあっ
た人を路頭に迷わすなんてあんまりよ。いやになったらなったで、話をつけ
るとか、何とか生活のことを考えて上げるとかすべきだわ。居どころがわか
ったら、あなたからも少し強くいってやりなさいよ。一体どういう気もちな
のかって。佐規子さんも可哀そうよ」と言ったことを書いている。
  おそらく、この恵子の言葉は兄宛ての手紙で報告されていたことであろう。
小林はこういった報告を受けて、妹の潤子に泰子との間に生じた様々の確執
を打ち明ける気にもなったに違いない。恵子の小林に対する思いは、大方の
支持を得るだろう。恵子夫人が、小林、泰子、中也の三角関係をどこまで知
っていたかを別にしても、常識的次元にたてば、泰子を置いて突然身を隠し
てしまった秀雄のやり方は〈あんまり〉ということになる。
  面白いのは、小林は〈愛の誓の破棄〉に関しても、何ら疾しさを感じてい
ないことである。友人の愛人を奪っても反省せず、その女を捨てても反省し
ない。小林の手紙を読んでいると、小林が逃げてきた最大の原因が泰子の心
情の欠如と、彼に対する常軌を逸した虐待ということになってしまう。つま
り、小林の弁明には、彼が反省し、罪意識を覚えるようなことはことごとく
省かれている。
  泰子のどういう点に魅力を感じたのか。中也の愛人を奪ったことに関して
はどう思っていたのか。泰子の潔癖症は、泰子と二人共犯関係を結んで、友
人の中也を裏切ったことと関係しているのではないか、など、いわば自分に
都合の悪いことにはいっさい触れていない。
   泰子を奪った〈蛇〉は、世間という〈池〉を器用に泳いで行く。小林は、
お寺に身を寄せても仏教づくことはないし、「若し俺は悪い事をしたのなら
神様が俺を悪い様にしてくれるだらう、若し俺に罪はないのならいい様にし
てくれるだらう」と書いても、別に神を信じていたわけでもない。潤子は、
待ち合わせていた泰子と会えずに単身大島に向かった兄秀雄が一度は死のう
と思ったが、死を踏みとどまったのは「神に対する深い畏れを感じた」「自
分を超えた、人間を超えた神を感得した」からだと書いているが、これは彼
女が自分の信仰に兄を引き寄せた結果の指摘であっても、小林の〈信仰〉と
は直接的には何の関係もない。しかし、小林における〈信仰〉の問題は、
『罪と罰』のラスコーリニコフなどを重ね合わせて考えると一筋縄ではいか
ないところもある。
  友人の愛人を略奪した小林と、二人の女を斧で殺害したラスコーリニコフ
の〈踏み越え〉を同一次元でとらえることはできないとしても、彼ら二人が
〈踏み越え〉に対して罪の意識を覚えなかったことは共通している。ラスコ
ーリニコフが〈踏み越え〉に一つの〈過失〉を認めても、最後の最後まで
〈踏み越え〉(プレストプレーニィエ=преступление)に〈
罪〉(グレフ=грех)を感じなかったように、小林もまた中也から愛人
を奪っても、その愛人を捨てて逃げ出しても、そのこと自体に罪の意識を覚
えて苦しむことはなかった。小林が苦しみ苛立ったのは、泰子との新居にた
びたび中也が訪れてきては泰子と喧嘩したり、泰子の潔癖症が強まって理不
尽な〈虐待〉を受けたからであり、小林は泰子との関係においては誠実の限
りをつくしたと思っていたのである。その意味でも潤子の指摘は、身贔屓の
感を免れない。
  もともと男と女の情愛の次元に道徳や常識の物差しを当ててみたところで
詮無いことである。小林が中也の愛人を奪い、逃げ出したことは事実であり、
そこに友情の規範を当てはめれば小林は裏切り者であり、卑怯者ということ
になる。常識道徳の次元に立てば、小林の行為は非常識な無頼漢のそれとな
るだろう。男と女の三角関係の泥沼に第三者がとやかく口を出すこともない
と言えばそれで終わりである。が、わたしはここで徹底してその泥沼に介入
してみようと思っている。
  小林は、泰子から逃げて来た自分を常識道徳の物差しで裁いているのでは
ない。先に引用した松本恵子の秀雄非難は一見、常識道徳の立場に立ってい
るように見えるし、現にそうであるのだが、小林は小林で〈神様だけが御存
知〉の常識道徳の立場を一向に崩してはいない。小林は常識や道徳から外れ
て生きた無頼漢ではなく、友人の愛人を略奪しても、その愛人から逃げ出し
ても、微塵の反省もしない常識道徳人なのである。
  小林の手紙が妹の潤子の心に訴えかけたのも、兄の言葉が恵子の言葉より
も、常識的な説得力を持っていたからに他ならない。潤子にしてみれば、非
常識で不誠実で残酷なのは泰子であって、決して兄の秀雄ではない。往来で
秀雄の横っ面を張ったり、剃刀を振り回したり、首を括ろうとしたりの狂態
を演じる泰子が異常なのであり、秀雄はそんな〈錯乱体〉の泰子に辛抱強く
優しく対応した誠実なひとということになる。
  小林は泰子を「潔癖病でも脅迫観念でもありやしない、恬然病といふmo
ralityの病気なんだ」と一刀両断してしまう。しかし、こういった裁
断の仕方によっては泰子の心の扉を開けることはできない。泰子の潔癖症や
脅迫観念の原因となっている根源へと至りつくことはできない。
   泰子の病の謎を解くカギは、小林に発した泰子自身の言葉自体に隠されて
いる。泰子は「妾は一生懸命におとなしくし様と努めてゐる、貴方がもつと
しつかりしてゐれば妾を騒がせない様に出来るのだ」と小林に言っている。
なぜ泰子は騒ぐのか。泰子は小林の誘いの言葉を受け入れて、中也に内緒で
大島へも行こうとしたし、小林の一緒に住もうの言葉を受け入れて中也を棄
てた。しかし、小林は〈馬鹿〉で、しっかりしていないから、中也との関係
に決着をつけられないでいる。
  友人から愛人を奪うなら、相手を殺すか、徹底的に排除し抹殺するか、し
なければならない。どちらもいやなら、絶対に分からないところに二人して
身を隠すべきである。ところが〈馬鹿〉な小林は、新居に〈ワレ物〉を届け
に来た中也を部屋にあげたあげく、中也にさんざぱら皮肉を浴びせられてい
る。この時、小林が中也にどのような言葉を発したのかは、泰子も中也も、
そして小林も何の証言も残していないので判然とはしないが、いずれにして
も小林が中也に対して毅然とした態度をとれなかったことが、泰子の〈錯
乱〉の第一原因となっている。
  何度でも言うが、中也がわざわざ小林と泰子の新居に、泰子の〈ワレ物〉
を運んだことの意味は予想外に大きな意味を持っていたのである。〈ワレ
物〉とは泰子の精神が〈割れ〉ていること、あるいは取り扱いを注意しなけ
ればすぐに壊れてしまうものであることの隠喩なのであり、小林が「もつと
しつかりしてゐれば」、裏切った男にわざわざ〈ワレ物〉などを届けさせは
しなかっただろうし、二度と会うこともなかっただろうということである。
  小林がそういったあたりまえのことができない〈馬鹿〉だから、泰子は
〈ワレ物〉を届けに来た中也を家の中に入れたり、帰り際の中也に目配せし
たりするのである。小林が中也との決闘を回避し、新居への中也の出入りを
拒めなかったことで、泰子は〈小林〉と〈中也〉の狭間に置かれることにな
り、結果として二つの間で〈ワレ〉るほかはなかったのである。この泰子の
〈狂態〉〈錯乱体〉〈潔癖病〉〈強迫観念〉を作り上げたのは小林自身に他
ならない。小林が単独犯としての責任を免れたいのであれば、敢えて中也と
の共犯としておこう。

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