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林芙美子の文学(連載29)林芙美子の『浮雲』について(27)

林芙美子の文学(連載29)林芙美子の『浮雲』について(27)
清水正

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林芙美子の文学(連載29)
林芙美子の『浮雲』について(27)

清水正


林芙美子の文学(連載29)
林芙美子の『浮雲』について(27)
清水正

林芙美子の代表作『浮雲』とドストエフスキーの『悪霊』の関係に肉薄して
いく。

2009年6月3日(水曜)
シャワーを浴びた富岡は、こざっぱりと服を替えて、階下の食堂へ降りて
行くと、加野が、ヴェランダに向って、木椅子にぼんやり腰をかけていた。
富岡はシュバリヱの植物誌の重い本をかかえて、加野の横の木椅子に腰をか
けた。正面にランビァンの山を眺め、眼の下に湖が白く光っていた。誰もい
ない後の部屋では、からからと扇風機が鳴っている。富岡に命じられて、ニ
ウが冷いビールと鴨の冷肉を大皿に盛りあわせて持って来た。
「一杯どうだ!」
富岡が加野に声をかけると、加野はものうげにコップを手に取った。小
禽が騒々しく四囲にさえずっている。ビールを飲みながら、景色を見ている
と、山の色が太陽の光線の工合で、少しずつ色が変っていった。加野が黙っ
てビールを飲んでくれることも富岡には幸だった。山も湖も、空もまた異郷
の地でありながら、富岡は、仏蘭西人のようにのびのびと、この土地を消化
しきれないもどかしさがある。この土地には、日本の片よった狭い思想なぞ
は受けつけない広々とした反撥があった。おおようにふるまってはいても、
富岡たち日本人のすべては、この土地では、小さい異物に過ぎないのだ。何
の才能もなくて、ただ、この場所に坐らされている心細さが、富岡にはこの
ごろとくと感じられた。貧弱な手品を使っているに過ぎない。いまに見破ら
れてしまうだろう……。だが、眼の前に見る湖の景色は、永久に心に残る美
しさだった。誰も彼も日本人なぞには見むきもしていない土地で、日本人は
蟻のように素早く、あくせくと、人の土地を動きまわっているだけだ。きわ
めて巧妙に実際的な顔をして、日本人はここまで流れて来てはいるけれども。
カッチャ松の樹齢は五六十年に達するはずなのだが、何の用意もなく、どし
どし伐採して、伐採の数字だけを軍へ報告する。数字は笑っているのだ。モ
イ族を使って、ダニムの河に流したり汽車で運んだりはしているが、富岡に
言わせると、伐採された木材が少しも自由に動いてないのであった。伐採さ
れた木材は、貨車に溜ったままだったし、ダニムの流れには、切り口の生々
しいカッチャ松や、オプリカスト・ナギなぞの大木が、川添いにごろごろし
たままで、伐採の数字だけが机から机を動いているだけだった。素朴で不器
用なモイ族を怠惰な奴隷として、日本の軍隊は忙わしく酷使していた。・・
ビールを飲みながら、富岡は植物誌を読みだした。何十年となくこの地にと
どまって、印度支那産物誌や、植物誌を書いた仏蘭西人のクレボーや、シュ
バリヱの著述は、富岡にとってはなかなか得がたいものであり、仏印の林業
を知る上には、この書物は、この上ない不朽の名著であった。
加野もいくぶん酔いがまわって来たのか、さっきの不機嫌さが表情から
消えて、思い出したように大きい声で、
「幸田女史は眠っているのかな?」と言った。
(201 ~202 〈十二〉)
ゆき子を抱擁した場面での富岡の内面に関する言葉はあったが、事務所ま
での帰り道、帰ってから、富岡がどのような思いを抱いていたのか、いっさ
い描かれることはなかった。富岡は食堂で加野とビールを飲み交わす。富岡
の「一杯どうだ!」の一声から、加野の「幸田女史は眠っているのかな?」
まで、林芙美子は富岡の内面にも、加野の内面にもいっさい立ち入らない。
おそらく長い沈黙が両者の間にあったはずだが、そんなことにも頓着せず、
ダラットの美しい自然や日本人の軍隊などに関する想いを淡々と書いている。
それは富岡の主観を通したもののようにも聞こえるし、作者の客観的な想い
のようにも思える。
富岡と加野の関係だけに焦点を絞れば、昨夜は加野がゆき子に対して優位
に立っていたが、今日は立場が逆転している。昨夜、「相手の不快らしい反
射」を浴びていたのは加野だが、今は富岡が加野の不快の反射を浴びている。
加野は昨夜、ゆき子との関係の具体を何ひとつ語らなかった。加野が白状し
たのは、ゆき子がまだ〈娘〉で「手ひどくやっつけられた」ということだけ
であった。従って、富岡もまた加野に、森の中での抱擁や接吻に関して何ひ
とつ語る必要はない。
シャワーを浴びた富岡は、服を着替えて食堂に降りていき、加野の傍らに
腰掛ける。富岡は加野の心理や感情などに直接触れるような野暮な真似はし
ない。ざっくばらんに、自然に、植物誌の重い本をかかえて加野に近づいて
いる。富岡は加野の心理を詮索せずに、外界の光景に眼差しを送っている。
「正面にランビァンの山を眺め、眼の下に湖が白く光っていた」と作者は
書いている。この自然の荘厳な美に比すれば、ゆき子をめぐる二人の男の心
理的葛藤や確執など取るに足らない。ましてや、内地では日本人全員が気忙
しく戦争に追い立てられ、戦線では多くの犠牲者が出ていたのである。まる
で〈楽園〉のようなダラットの山林事務所で働く富岡と加野は、それだけで
もずいぶんと恵まれている。ゆき子をめぐる葛藤など贅沢な悩みには違いな
い。林芙美子のなかに、こういった視点があったればこその自然描写の挿入
であろう。
先にも指摘したように、富岡の眼差しが遠くに捕らえているのは、根源的
な母性としての〈水〉である。ここでもまた富岡は眼下に白く光っている
〈湖〉を眺めている。ひとにもよるだろうが、女は遠くを見つめる眼差しを
持った男に惹かれるのだ。目先の利害に右往左往する男は決して美しくはな
い。権力(金、地位、名誉)は男の魅力の一つであるが、権力を突き抜けた
力そのものを備えていない男はやはり本当の魅力には欠ける。もし、富岡が
眼の前に腰掛けている、ゆき子のことで頭を一杯にして、不快な感情を必死
で押さえ込んでいる加野にだけ捕らわれているような男だったら、ゆき子は
心惹かれることはなかったであろう。
富岡は山林事務官としての知識を備えていることは当然だが、しかし彼が
トルストイの愛読者であり、ドストエフスキーの『悪霊』なども深く読んで
いたように、単なる専門知識を備えた有能な事務官にとどまる男ではなかっ
た。富岡の眼差しは遠くの山や湖に向けられていると同時に、自らの内面世
界の深奥にも注がれていたと見ることができる。
ここに引用した「この土地には、日本の片よった狭い思想なぞは受けつけ
ない広々とした反撥があった。おおようにふるまってはいても、富岡たち日
本人のすべては、この土地では、小さい異物に過ぎないのだ。何の才能もな
くて、ただ、この場所に坐らされている心細さが、富岡にはこのごろとくと
感じられた。貧弱な手品を使っているに過ぎない。いまに見破られてしまう
だろう……」は、富岡が、広大な異国の領地にまで攻め入って戦争拡大の最
中にあった日本および日本人の現況を的確に把握していたことを示している。
〈小さな異物〉でしかない〈日本人〉の〈貧弱な手品〉など今に見破られて、
こっぴどい目にあうことを富岡はしっかりと自覚していたのである。
富岡が眺めているのは眼下の〈湖の景色〉、その〈永久に心に残る美し
さ〉である。永遠なるもの、絶対不変なるものを遠くに眺めながら、富岡は
今現在の虚無を抱き締めている。今朝、追ってきたゆき子を強く抱擁しなが
ら、接吻以上の行為にかりたてられなかったのは、ゆき子が未だ〈永遠の母
性〉を獲得した存在ではなかったとも言える。否、富岡は妻の邦子を抱いて
も、女中のニウを抱いても、そしてゆき子を抱いても、ついに〈永遠の母
性〉にたどりくことができない。〈永久に心に残る美しさ〉を、現に抱いた
女に求めること自体がまちがっているのだろうか。山も、湖も、そして女も
遠くにあって永遠に吾が手で抱き締めることができないが故に〈永久不変の
美〉として崇められる。
富岡は、傍らの加野の不快の反射を受けながら、しかし遠くの山や湖に眼
差しを送り、同時に〈きわめて巧妙に実際的な顔〉をした日本人が蟻のよう
に素早く、あくせくと他人の土地を動きまわっているという思いをめぐらし
ている。富岡の思いのなかには、日本の軍隊の効率主義が現場ではまったく
活かされず、現地の素朴なモイ族を〈怠惰な奴隷〉として忙しく酷使してい
るだけだ、という遠慮のない辛辣な批判もある。口に出して言ったりすれば、
富岡は当局から危険人物視される恐れもあったであろう。ここに展開された
日本の軍隊に対する富岡の思いは、あくまでも彼の心のなかの言葉を作者林
芙美子が写し取ったものである。
富岡はビールを飲みながら植物誌を読みはじめ、クレボーやシュバリヱの
著述に感心する。が、『浮雲』の読者は、専門的な植物誌の話などに特別な
興味を持っているわけではない。こういった話題は適当に切り上げるのが順
当である。加野は酔いもまわって、不機嫌も薄らぎ、彼がもっぱら関心を抱
いて悶々としていたゆき子のことを口にする。加野は富岡とゆき子のことを
疑っている。何しろ、彼ら二人は長い時間、森の中にいたわけであるから、
加野でなくても二人の関係を怪しく思って不思議はない。いずれにしても加
野は、ここでも酒の勢いをかりてゆき子のことを口にした。さて、二人の間
にどのような会話が生じたのか。
「さア……。何をしているのかね」
「さっき、マンキンへ幸田君連れて行ったンでしょう?」
「いや、後から来たから、いっしょに見物の相手をしたまでさ……」
「僕はあのひとに惚れてるンだ。承知しといてくださいよ……」
「ほう……」
「こだわるわけじゃないが、さっき、工兵隊の将校が来て、富岡さんとよ
ろしく歩いていた日本の女は、何者だと聞いていたンで、早いなと思ったン
ですよ」
「厭にこだわるなア。……ただ、歩いていただけだよ。車輌部の少尉だろ
う? そんなことを言ったのは……」
「僕もすぐマンキンまで行ったンですよ。ずいぶん探したンだが、判らな
かった……」
富岡は湖のほうにひそかに眼をむけていた。わざと森の小径へはいって
行ったことを知ったらどうだろうと、ぞくっとしながら、
「誰でも女には眼が早いもンねえ……」と、何気なく言った。
「いや、富岡さんの素早いのには驚いた。寝てる間に幸田君とマンキンへ
行くなンざア、よろしくありませんよ。女ってものは、瞬間の雰囲気が勝負
なンだから、いかに毒舌家の富岡さんでも信用はならない」
「後からついて来たンだよ。所長が仕事をいいつけて行かなかったし、君
は寝てるンで、僕に何をしたらいいか訊きに来たと言ったから、見物でもし
たらいいだろうと、いっしょに案内したわけだ。それきりだよ。別に約束し
て、行ったわけでも何でもないさ……」
「まア、いいですよ。僕は惚れたンだから、何とか、彼女にぶちあたって
ゆくまでだ」
邪魔をしないでくれといった、はにかんだ微笑で、加野は自分でビール
を二つのコップについだ。
(202 ~203 〈十二〉)
昨夜、加野が富岡に対して「現在白状しておくほうが好都合だ」と考えた
ように、ここでは富岡が、同じように狡く振る舞っている。短い会話だが、
ここには二人の性格がよく出ている。加野は一途で、真面目な気持ちでゆき
子に惚れてしまったらしい。少なくとも加野は、今では慾情にかられただけ
の愛ではないと思っている。昨夜と違って、形勢は加野にとってずいぶんと
不利になってしまった。加野はなりふり構わず、富岡とゆき子を追ってマン
キンまで出掛けて行くし、富岡とゆき子が二人して歩いていたという話を聞
けば、自分はゆき子に惚れているんだから、余計な手出しはしないでくれと
言わんばかりの言い方をする。単刀直入な言い方のなかに加野の一本気な性
格が見える。富岡はゆき子と長い接吻を交わしたことなど白状しないし、ゆ
き子が加野ではなく自分にぞっこん惚れていることなども口にしない。


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