2009
05.07

落合版マンガ『罪と罰』の感想(第三回)

清水正ゼミ(「文芸研究Ⅰ」), 落合尚之版『罪と罰』について

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落合版マンガ『罪と罰』の感想(第三回)
清水正ゼミの課題・第三回目は
柳沼優作さんの 漫画版『罪と罰』を読んで
岩田悠平さんの 漫画『罪と罰』弥勒の自尊心について
のレポートを紹介します。


漫画版『罪と罰』を読んで
柳沼優作
少なくとも「罪と罰」は明るい物語とは言えないだろう。原作を読む分には現代日本から舞台・時代共に大きく離れてる為か受けた共感は軽いものだったが、漫画版になると共感のレベルはかなり重いものとなった。胸が苦しくなり吐き気を催す程にである。ラスコーリニコフ、漫画版では裁弥勒だが彼は大学に行かなくなり腐敗した学生と言えるが、講義に来ない学生の話を身近に聞いたことがあると、もしかすると自分もああなる可能性もあるのだ。無論、ちゃんとした理由があったり大学より優先したい程の他にやりたいことがあるのなら、大学を休むことに対する憂いはあまり多くは無いだろう。しかし、裁弥勒はバイトも何もやっていない。大学生という肩書きこそあれど、サブタイトルの一つにもあるように、彼ははっきりとニートと表されているのである。そのサブタイトルを見て僕は「学生の仕事は勉強すること」という言葉を思い出した。それを考えると「ニートと娼婦」というサブタイトルにも頷ける。当たり前だが、自分はニートという人種にはなりたくない。だから裁弥勒のようにただ何もしないという状態は避けたいのである。しかし、怠惰というもの意識してなるものでなく、無意識の内に陥るものだと僕は考えている。そうなると、無意識だというのだから怠惰に陥っても気づかない、下手をすれば他人から指摘されたり自覚しても治らない事だってあるのだ。裁弥勒のケースは自覚があっても治らないというものであり、怠惰に陥る中では、僕はこのパターンが一番悲惨だと思っている。人間は皆ある程度は自尊心、言い換えればプライドを持っている(マルメラードフや飴屋菊夫のように半ばかなぐり捨てているタイプは例外として)が、裁弥勒はその中でも特に高い方だと言えるだろう。しかも優等生であったが故に現在の自分と比べればいかに現状が酷いものなのかを強く理解しているのである。他人から怠惰を責められても、自分が聞く耳を持たなければ、それはハエが耳元を飛んでいる事となんら変わりは無い。しかし自覚があるという事は常に自分自身に責められ他人からの叱責を受け取る準備も出来ているということだ。要は内と外から絶え間なく堕落した自分を再確認させられるのである。これは僕が大学生活を送る上で最も恐れていることなのだ。思い出すのも嫌なのであまり多くは語りたくないが、僕の至らない生涯の中でもこれと似たような時期が何度かいあり、酷く惨めな思いもした。とにかくあの状況は苦しいのである。原因のほとんどは自分にあるので外に助けを求めても大した効果は得られない。自分でなんとかしようにも、それを実行に移す為の意志さえ弱い。時間の感じ方というものは残酷で楽しい時は短く感じられるが苦しい時はとても長く感じてしまう。ぐでぐでとその状況が長引こうものなら、その感じ方がいっそう長く自分を苦しませるのである。しかし、そんな状況に陥っている裁弥勒にも誉められる所はある。彼は間違った現状を見て義憤に駆られ、やり方はあまりうまいとは言い切れないが、少なくとも諦観せずそれをなんとかしようと行動に出ることができるのだ。(自分の事は棚上げにしているが)道徳・倫理的に間違いだと言われている事はいつの世でも存在し消えることは無い。それらを正せど正せど何処からともなく湧いて出て来ては、目の前に現れて、何らかの思いや考えを起こさせる。この時、ほとんどの人は「自分が何かした所でどうにもならない」、「自分にはそんな事をしている暇は無い」と見て見ぬふりをしていないだろうか。しかし、裁弥勒はそれとは異なり、目の前で起こっている援交を止め、それの元締めとなっているグループを探り、その実状を突き止めたのである。皮肉ではあるが、これは調べ物を本業とする者か、図らずとも時間を持て余してしまった裁弥勒のような人間にしか出来ないだろう。その点では裁弥勒と言う人物は普通の人とは一線を隔していたといえる。ここまでなら彼はまだましな人間だった。僕がおかしく感じていた事は裁弥勒は援交グループのリーダーである馬場光を殺し更に金を奪い取ろうとしていたことである。彼は金銭面において非常に困窮していたが、それは周りの環境もあるかも知れないが、そのことを理解していているにもかかわらず、バイトをうまくやろうとしなかった彼にも原因はある。馬場光を殺したいという考えには僕も少しだけ賛同できたが、ほぼ自業自得と言ってもいい金に関する問題を計画の内に入れたことは、僕にとっては裁弥勒も馬場光と同じような人間なのではないかという疑問を持たせたのである。馬場光を懲らしめる類の行為は悪いことではない。しかし、それで金を得ようとすることは果たして正しい事なのだろうか。
  漫画「罪と罰」弥勒の自尊心について 
 岩田 悠平
 私は漫画の存在自体は深夜のBSの番組で取り上げられてるのを見て知っていたため、興味がありました。原作はいかにも高尚で堅苦しいのだろうなぁと、手をつけてなかったので「漫画だと読みやすいだろうな。いいとこ目をつけたなぁ」と偉そうに思ったことを覚ています。ただ、実際読んでみると漫画とは思えない重苦しさがあり、後で原作を少し読むとこれもやはり重苦しく、感想文を書くのは骨が折れるなぁと正直憂鬱になりましたが、雰囲気といった点では漫画は原作に劣ってないのだなと感心しました。ちなみに私の見た番組では著者が、原作では神の存在が大きいが日本を舞台に神になるべきものをどうするか悩んでいたのが印象的でした。
漫画「罪と罰」を五巻まで読み、まず思ったことは「よく出来てるなぁ」ということでした。現代の日本は平和です。個人は別として国民揃って信仰するような宗教もありません。そんな日本を舞台にしてあの「罪と罰」が描けるのか、と疑問でした。しかし、原作で扱われているのが現代日本でも十分通ずる題材であったためか、三世紀程も前の作品を見事に今として描いているな、と思うと同時にドストエフスキーの凄さを垣間見た気もしました。そして、ひきこもりや売春といったことも殺人、戦争同様、人間の本質であるのだろうと改めて思いました。人間の本質と言えば、弥勒がヒカルを害虫と見なし社会から排除=殺すことを決意する心理は、社会的道徳を無視し己の良識に従うといった点で、ある種の(うまく言葉に出来ず、すいません)
人間臭さを私は感じました。おそらくあのようなことは誰でも一度は思うこと。おそらく人間誰しも心の中で誰かを殺害したことがあるのですから。日本を舞台、の話に戻りますが姉の結婚…の件はやや古臭いのでは、と思いましたが原作の母の手紙までを読んで納得
しました。あと、時間軸と話の進み方が小説に近くて、それもあって他の漫画とやや面持ちが違うのかなぁと思いました。
 弥勒の人格形成において殺人に駆り立てたもの、私は大きすぎる自尊心だと思います。
漫画を読みながら、その自尊心は弥勒の中で唯一、普通を逸脱したものだなぁと感じました。自分は他人と違う、特別な資格がある、
周りから何かをしてもらうことを極端に嫌う
といったひとりよがりな意志が結局殺人に結びついたと思いました。弥勒のこの自尊心にだけは共感できませんでした。リサを殺すのも自分の殺人を違うものに解釈されたから。要は自尊心を傷つけられたからです。常識を踏み越える勇気という言葉が出てきますが、それも常識を踏み越える勇気を持っていると勝手に思い込む自尊心と解釈できます。このような個人的には異常と思える自尊心にリアリティを持たせるのに、作家の卵という設定はとてもうまいなぁと思いました。文芸学科の学生として少し複雑ですが、首藤の言葉、お前は人間を知らない、は私自身にも言われている気がしました。そんなこともあり、私は弥勒の全てを否定することが出来ません。
漫画では明美や矢住といったキャラクターが弥勒の自尊心を表すのに効果的に出ていると感じました。
自尊心のことで最後に、信仰しなくてはならない宗教のない日本で、弥勒にとっての神は自分の自尊心だったのでは、と考えました。
 弥勒の自尊心について考えた後、面白いなと思ったことがあります。それは弥勒とヒカルは結構似た者同士ではなかったのかということです。例えばリサに対して、その違いはあっても二人とも見下しています。馬鹿な女と。ヒカルはリサを苛めるのは神様の慈悲と言い、弥勒は自分を殺人を犯すべき特別な存在だと思っています。だから私のために…と言うリサを殺しています。こういった点から見ても二人とも自分を特別だと思っている、
というより人の上に立とうとしているので考え方は似ているのでは、と思いました。だから、ヒカルを害虫といった弥勒が自分と似た部分を見いだせなかったのかと疑問に思いました。そして弥勒やヒカル、とまでは言わなくても自尊心は誰でも少なからず持っているもの。だから登場するキャラクターに共感出来なくても、読み進めることが出来るのだろうなと考えました。あとヒカルを殺す際、何故ナタで頭を割るのではなく殴打したのだろうかと思いました。
 細かい疑問と言えば、弥勒という名前は前にゼミで先生に教えてもらった、原作のラスコーリニコフが名前のイニシャルが666になることから三つの六で弥勒なのか、とニヤニヤしてしまいました。そうなると飴屋菊生や英知香、五位蔵人等変わった名前も多いので原作と関係があるのでは、と思いました。
漫画版を読み、原作ではやや頭に入ってきづらかった官吏のエピソードもとてもわかりやすくなったのでよかったです。
原作もまだ母親の手紙までなので、何も知らず書きますが、おそらくこれから弥勒の自尊心が英知香との関わりによってどう変わるかが描かれるのかな、と思いました。単行本が出るまで待とうと思います。

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