2009
04.28

「文芸比評論」第三回講義

文芸比評論

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講義内容
『貧しき人々』から『分身』へ

ハイデガーの『存在と時間』
ビンスワンガーの『精神分裂病』
などを通して
ゴリャートキンの狂気を現存在分析する。


未来と過去はないのに現代はある…という考えが興味深かったです。確かに私たちの存在は自然ではないのかも知れません。常識やあたりまえだと思っていたことを疑問に思うのは面白いですね。(演劇学科4年 橋本ゆりえ)
とても面白かったです。もっと父不在の話、核に対しての今の日本の若者の考え方と世界の対応について呑みながら聞きたいです。(映画学科4年 穴澤勇樹)
もはやない過去とまだない未来にはさまれた今生きている自分ってキセキ!それを聞いたら、今嫌々流れでやっていたことが無駄だと思いました。今やりたいことを一生懸命楽しんでやるということが今やるべきことだと思います。(映画学科4年 菊池舞子)
『貧しき人々』読みました。ワルワーラは自分では幸薄き処女と言っているけれど、はっきりしていてキツイ印象の女の子でした。(演劇学科3年 米山愛美)
やっぱり、話にひきこまれた90分間でした。心理病理的な話や、哲学大好きです。今生きていることは奇跡!(演劇学科3年 北川麗)
ドッペルゲンガーについて、僕は詳しく知らないのですが、授業中に眠ったら、自分が先生に「起きなくて良いですよ」と言っている夢を見たのです。気持ちがよかったです。宿題やってきます。(演劇学科3年 宮川竜一)
自分は落研部員ですが、志ん生の話を初めて聞きました。落語は欲望の解放だということはなるほどなと思いました。あと『罪と罰』は読みましたが正直あまり面白いと思わなかったのですが、こうもすすめられると何かあるような気がするのでもう一度しっかり読みます。(文芸学科3年 井坂健)
ドストエフスキーが少しおかしい人だとは知っていたが、『分身』のあらすじを聞いていると、天才と変人は紙一重だとあらためて思った。(放送学科4年 末吉雅哉)
アメリカが核を持っているのに北朝鮮の核を責めることに疑問を持つのはあたりまえのように思えるが先生の話を聞くまで、まったく気付かなかった。自分が恥ずかしくなりました。(放送学科4年 山添勝也)
無いと無いに挟まれた「有る」という話が面白かったです。あと「どうやら死ぬらしい」という言い回しが好きです。(文芸学科3年 玉田唯)
「我と汝」というフレーズが興味深かったです。私には「汝」がいるかなぁと考えると不安なような気もします。『分身』はまだ途中までしか読んでないので、ちゃんと読み切りたいです。(映画学科3年 井上桃子)
『分身』の話より哲学の話や落語の話の方が印象に残る講義でした。今まで自分の学科の授業ばかりとっていたのでとても新鮮です。(放送学科4年 副田風子)
もはやないとまだないにはさまれている今、一日一日一瞬一瞬のはかなさと尊さを感じました。清水先生の授業は文芸のことだけでなく、政治、経済、歴史、人生まで考えさせられます。今あることを実感して生きていかなきゃと思いました。(演劇学科3年 安藤裕美)
父不在の時代に納得してしまいました。うちもテレビが真ん中にあるし、最近はむしろ父は一人で自分の部屋で食べています。大黒柱って言葉も最近聞かなくなったなーと考えてしまいました。(文芸学科3年 鈴木早紀)
なぜ未来と過去がないのに現在があるのかということに、先生があることは奇跡だといっていたのがすごいすてきだなあと思いました。(演劇学科3年 岩谷郁美)

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