2009
04.22

落合版『罪と罰』第一巻を読む

日本文学特論Ⅱ, 落合尚之版『罪と罰』について

「日本文学特論Ⅱ」(日芸大学院講座)坂本綾乃(連載1)
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落合尚之版『罪と罰』を読む
わたしが担当する「日本文学特論Ⅱ」(日本大学大学院芸術学研究科・文芸学専攻科目)。
平成二十一年度は受講者一人。授業のねらいは「ドストエフスキーの文学と宮沢賢治の童話との共通性を探る」。今年はまず漫画『罪と罰』を読むことから始める。
受講生の坂本綾乃さんに毎週一回、レポートを提出してもらい。それをブログで発表することにした。
落合尚之版『罪と罰』第一巻を読んで(連載1)
坂本綾乃(文芸学専攻一年)
帯のあおりは嘘ではない。
黒と黄色のカバーに惹かれたなら、即刻読むべきだ。「罪と罰」このタイトルにピンときたなら、なおさら読むべきだ。


 落合尚之が書く「罪と罰」。現在五巻まで出版されているが、続きが気になって仕方がない。正直、何でもマンガにすれば読むと思って…出版社も良くやるなと思っていたが、この本だけは違う。原作を読んだことがある人も、そうでない人もぜひ読んで欲しい。久しぶりに面白いマンガに出合った。
 「罪と罰」と言えば、ドストエフスキーの書いた小説だろう。手塚治虫のファンは、彼の書いた「罪と罰」を思い浮かべる人もいるかもしれない。だが、このいわば落合版は現代版の「罪と罰」だ。ドストエフスキーが書いた小説をただ、マンガにしただけだと思うなかれ、本当に現代版なのだ。舞台はロシアから日本へ、ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフは裁弥勒に姿を変えて描かれているこの「罪と罰」を、今この時代を生きる人に読んで欲しい。
 
 一巻表紙の鉈を構える弥勒。これから彼が何かを始めようとしていることが窺える。
主人公、裁弥勒。この名前を良く思いついたなと感心してしまった。裁と言った名字を彼に与えたのは、ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフが法学を学でいたことから来たのではないかと思う。そして未来を救済する菩薩の名。読み始めて何より先にそこに目がいった。
 弥勒は田舎から出てきた作家志望の大学にもアルバイトにも行かない、いわばニート。ニートが主人公のマンガ、普通なら何らかのきっかけで成功を掴むサクセスストーリーが展開されるのだろうが、そうは問屋が卸さない。現役で有名大学に進学した彼に何があったのかは追々分かっていくのだろうが、夢の中で出てきた男が鍵を握っているのは明白だ。上京して来た学生にとって弥勒の存在は思い当たる節があるのではないだろうか…。
 そして語らずにはいられない馬場光と島津里沙。ヒカルとリサ、印象的なのが第9話日輪のカット。教会壁画調にかかれた二人の間にある髑髏が不気味だった。ファストフード店でのシーンでの、二人のサラリーマンの互いの行動が、読者の感情に当てはまるのではないだろうか、見て見ぬ振りをするもの、行動に移せないもの。私は前者かもしれない。
 ノルマをこなせなかったリサに対するヒカルの仕打ち、高笑いをするヒカルに対して、引きつった笑みを何とか浮かべる他の女子生徒たちによっても、ヒカルが持つ力の強さを表している。
 ヒカルが弥勒に渡したカードを弥勒は捨てることが出来なかった。そして、ニュースから流れるテロップ「自由と民主主義。崇高な目的の達成が流された血をあがなうだろう。」弥勒は、ある計画を実行に移すべく行動に出る。
 第5話の観察と記録での最終ページにかかるモノローグと、壁に張り巡らされたメモが、すべてを物語っている。そして、6話でついにヒカルと弥勒は接触する。たかが女子高生、はったりで何とかなるものだと思っていても、ヒカルは一筋縄では行かない。巨大な売春グループを動かすだけあって、頭が切れる。弥勒が書いた作品に対して「気持ち悪い、人間の気持ちなんか何も知らない宇宙人が人間の真似をして書いたみたい」弥勒の表情から窺えるのは、あの男の影。「外の世界を知れ」この言葉は私自身にも刺さった。
自尊心が高い弥勒は、中島敦の「山月記」の李徴のようだ。
 弥勒がヒカルからの要求に答えようとしたところで、リサの妊娠が発覚。リサが必死になって被り続けていた仮面を、弥勒は無理やりに引っぺがす。「自分を大事に」リサに言った自分の言葉に偽善者という弥勒。葛藤する心理描写に、読者ははっとするだろう。
 ヒカルと対面して聞くリサと馴れ初め、弥勒はいよいよヒカルを殺すこと、「計画」を決心する、ここで一巻は終わる。一巻はいわば序章に過ぎないのだろう。
弥勒がリサと出会ったことで広がっていく運命の道。出会わなければ、なんて思っても仕方がないし始まりもしない。ただのニートでしかない弥勒がある計画を考え、実行に移すことは決まっているのだから、とは原作を知る人の感想かもしれない。
 どうしても原作の影がチラついてしまうのだが、それはある意味でしっかりと原作の「罪と罰」が解体されて再構築されているからだと思う。
 二巻以降の展開が気になってくる、原作「罪と罰」に出てくる主要人物たちが、どのように姿を変えて登場してくるのだろうか…。

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