【学生の声】 5月10日「マンガ論」

マンガ論, 学生通信

5月10日の授業「マンガ論」(所沢キャンパスにて)に寄せられた学生からの声131件中から24枚(原文まま)を以下に紹介します。
丁寧にまんがを読み解いていくことによって作者の意図を越えた色々な解釈が生まれるということはおもしろい事実であると思いました。また「蔵六の奇病」はその話自体も、先生の解釈も非常におもしろかったです。(油原陽子・文芸学科1年)
先生の解読は生徒の意見を大切にするので、このマンガのポイントがとてもわかりやすかった。自分一人で読んだままではマンガの魅力が30%くらいしか把握できなかったと思う。自分はマンガ好きだと自負していたが全然甘かったので、先生の授業を聞いてもっともっとマンガを楽しめるようにしたい。一コマ一コマ細かく解読してくれたので、マンガの作り(構成)のようなものも少しわかった。今後もよろしくお願いします。(宮原悟郎・放送学科2年)
普通に見ていた人形のシルエットやピースの空き箱の意味、というか解釈には、本当に「なるほどー」と思った。蔵六の奇病も読んでみたいと思った。(佐藤由季・文芸学科1年)
この間は航空公園での飲み会でお世話になりました。先生の話は「なるほど」とうなづける話が多く、目からウロコの連続です。例えば「チーコ」のpeaceの話。「なるほど、そういう読み方もあるのか」とテキストが広がりをもって眼前にせまる感じがしました。ところで、ドストエフスキーですが、今、「罪と罰」を読んでいます。読み終えたら感想を聞いて下さい。それではまたよろしくお願いします。(佐藤裕太・文芸学科1年)
  
今日の講義に出た日野日出志さんの「蔵六の奇病」を始めとするホラー漫画はその絵のおどろおどろしさに敬遠しがちだが、とても奥深く内容の濃いことに驚いた。今風のテーマの漫画に慣れ親しんでいるので、まるで日本昔話を見ているように感じた。(新井敦子・映画学科1年)
タイトルの1コマ目がとても重要な意味をもっていることがよくわかった。細やかな観察がそのものの価値以上をひきだすというのは芸術家にとっては脅威だと思う。(山口晋似郎・放送学科1年)
”蔵六の奇病”を自分もちゃんと読んでみたいと思った。マンガは奥が深い・・・・・・・。(藤井奈津美・文芸学科1年)
マンガの中にはたくさんの意味が考えられるということが先生の講義を受けて思いました。「蔵六の奇病」の話はとても不気味で想像したくないのに想像してしまい、顔をしかめて聞いていました。あんな不気味な話の中に親に対する気持ちがえがかれているとは思ってもいませんでした。(香月瞳子・演劇学科1年)
テキストの解体と再構築、話を聞いて初めて「なるほど」と納得します。蔵六のあの泣き顔、抱き締めたくなりました。(杉澤麻里子・文芸学科1年)
「蔵六の奇病」というマンガにそのような多々の解釈が付けられるとは思わなかった。「チーコ」にしても、はじめこのマンガは何を言いたいのだろうと思っていたが、再構築することで奥行きが生まれ、味が出てくる。マンガは一般的には子供じみて勉強にならないものと思われてるが、そんなことはない、いろいろな楽しみ方ができるのだと思った。(原彩子・文芸学科1年)
私は末っ子でどちらかと言えば甘やかされて育ったが、姉2人も私に母のおっぱいを取られ、切なかったのかなぁ・・・(阿久澤風貴子・演劇学科2年)
「蔵六の奇病」のキノコがおっぱいとか、沼が硫酸とかいう見方は、すごく深いと思いました。「チーコ」は個人的にそんなにおもしろくはなかったけど、すごく切なさを感じました。(横山辰郎・映画学科1年)
読者の想像力しだいで、作者の想定した以上のものがつくれるのですね。「蔵六の奇病」はすさまじい話ですな・・・。ここまで子供の母への執着心について描いた作品はないのではないだろうか。全てが何かの象徴だとするならば、マンガも人生観もどんどん変わっていきますね。(村瀬一路・放送学科1年)
チーコは最後は「自由」になったのだと思います。つまり、奥さんも、この後、男の元を去るのではないでしょうか、と思いました。母体回帰の話に納得してしまいました。作者の深層心理にも深く関わってくるものなんですね・・・。勉強になります。(高橋由季・文芸学科1年)
「批評は創造である」というような発言に、今まで自分の中にあった「批評の存在意義とは何か」といった疑問に対する1つの意見提示がなされ、この授業に対する見方も変わりました。そこが一番のハイライトでした、個人的に。(藤原亮・文芸学科1年)
ものすごい楽しかった。いやはっきりいって批評などは意味のないものと思っていた。が、しかし、たしかに作家を感動させ、説明をうける者を感動させる力がある!マンガはやっぱりすばらしい、僕にとってマンガは”僕”を形成する大きな割合いをしめています!(山中勝仁・演劇学科2年)
批評家が作家を感動させる批評をしなければならないというのはすこし納得した。(川岸真人・美術学科2年)
3週にわたって読んできた「チーコ」は、一番最初に読んだ時よりも、全く違った見方になりました。細かい描写を見ていくことにより、わかってくるものが多く、またそれによって、作者の伝えたいことや、暗示されているものが多いのだと思いました。自分で深く考え、見ながら読むことの楽しさを少しわかりました。(中西沙織・放送学科2年)
いつものようにマンガを読んでいたら絶対に見落とすようなことや裏の考えまで細かく説明してくださったので、とてもおもしろかったです。「蔵六」、是非読んでみたいです。(鈴木涼子・演劇学科2年)
この講義を受けるまで、マンガがこんな風に読めるとは知らなかった。また「チーコ」を読むことが出来て良かった。この講義に出なければ一生読むことはなかったと思う。あと自分も今村昌平の大ファンです。(武田英樹・映画学科1年)
「テキストは成長する」名言ですね、素敵です。その通りだと思います。人にはそれぞれの見方がありストーリーがある。よって2次元のマンガが3次元になり多面体として存在する。想像力の大切さを教わった気がしました。次回も期待しています。(坂東博明・文芸学科1年)
蔵六の奇病は是非読んでみたいと思います。蔵六の苦難は、キリストの受難に置き換えて読むことも可能なのではないでしょうか?(小山田裕哉・映画学科2年)
もっとマンガを読む時に、すみずみまで絵を見ていこうと思いました。(藤枝美絵・演劇学科2年)
マンガ一つにも色々な読み方があるのだと痛感した。今まで読んだマンガも読み返してみようと思う。(杉山泰朗・放送学科2年)

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