清水正のドストエフスキー論

ドストエフスキーの今日的課題

 わたしは昭和二十四年に生まれた。いわゆる団塊の世代に属する。戦後生まれた者として、戦争を直接知ることもなく、
あたりまえのこととして民主教育を受けてきた。が、教育の現場が教える正義や善は、ほんの少し社会に目を向ければ脆くも崩れ去る。
ましてや国際社会で起こっているさまざまな紛争や戦争の前では善も悪もその境界をたちまち失う。戦争では人殺しが平然と行われる。
公平や平等や愛を大声で叫ぶ人間が、同時に利権や信仰の違いで骨肉の争いをつづけている。

第二次大戦後も、ベトナム戦争、カンボジア内戦、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、イラク戦争、イスラエル・パレスチナ紛争など、
世界の各地で人間は性懲りもなく争い続けている。愛も赦しも途方もなく虚しい言葉となってしまった。現代人は何が善であり、
何が悪なのかほとんど見分けがつかなくなっている。確かに、平和な日々の暮らしの中ではぐくまれてきた「よいこと」「わるいこと」
の区別はある。

しかし、戦争という極限状況の中にあってはそれらすべて悉く否定されることになる。人殺しをしながら、人間の命を大事にしよう、
などと口にすることはできまい。

ドストエフスキーは金儲けのために、有名になるために小説を書いたのではない。彼は人間の神秘を解き明かすために、
その全生涯をかけて小説を書きつづけた。神秘とは神が秘め隠したこと、被造物である人間には絶対に解き明かすことはできない。彼は、
その神秘に直面して一歩も退かず、ことばによって「人間とは何か」を徹底して掘り下げ、表現しつづけたのである。

人間の神秘を解き明かそうとしたドストエフスキーを生涯にわたって苦しめた問題は神の存在である。神は存在するのかしないのか。
紙は存在するとして、どうしてこの地上の世界を不条理なものとして創造したのか。ドストエフスキーの人神論者たちは神がこの世に正義・真実・
公平を実現していないと見て反逆の狼煙をあげる。

が問題にした神の存在は、現在の人類にとっても縁のないことではない。否、むしろ神の問題こそが今、根源的に問われている。
二〇〇一年九月十一日、ニューヨークの世界貿易センタービルが飛行機による自爆テロによって崩壊した。衝撃的な映像が世界中に流され、
多くの多くの人々に問題を投げかけた。ドストエフスキーの代表的な人神論者イヴァン・カラマーゾフは『神がなければすべては許される」
と説いた。非凡人のラスコーリニコフは犯罪に関する論文において「非凡人は良心に照らして血を流すことが許されている」と書いた。
今日のテロリストは神の名によって大量殺人を実行している。彼らにとっては、まさに神が存在するからこそのテロリズムなのである。

アメリカのブッシュ大統領は報復措置としてただちにイラクに侵攻した。ブッシュは、イラクを大量破壊兵器を持つテロリズム国家、
フセイン大統領を悪の権化と見なして容赦のない攻撃を加えた。フセインのイラク国家は崩壊したが、依然として戦争は続いている。
逮捕されたフセインの傍らに『罪と罰』があったという報道は暗示的である。

日本においても衝撃的な事件が起こった。ひとつは連合赤軍事件であり、ひとつはオウム真理教事件である。
前者はわたしが学生時代の一九七二年に起きた。ドストエフスキーの文学に憑かれていたわたしは、革命運動になんの幻想も抱いていなかった。
熱い熱い政治的な季節をわたしはドストエフスキーを読み続けることでやり過ごした。しかし、
わたしは当時の新聞記事を寸ラップにして保存した。群馬県榛名山中で繰り広げられた凄惨な殺人事件は、すぐに『悪霊』
のシャートフ殺しと重なったが、日々、報道される新聞記事やテレビ映像が生々しい衝撃を与えたことに間違いない。
それから二十三年後の一九九五年三月二十日、
麻原彰晃を教祖と仰ぐオウム真理教の信徒たちが地下鉄にサリンをまくという無差別殺人事件を起こした。わたしはいずれ、
この二つの事件についてきちんと検証しなければならないという思いを抱き続けてきた。

そんな折、田原総一郎氏が『朝まで生テレビ』(二〇〇四年三月二十七日)で連合赤軍事件とオウム真理教事件を取り上げた。
わたしはこの番組を興味深く見た。田原氏は番組の最初に、オウム真理教の村井秀夫について触れた。なぜ、
あのような純粋な目をした青年がサリン事件などを起こせるのか。この素朴な疑問から始まった番組を見ながら、わたしはずっと
『カラマーゾフの兄弟』のアリョーシャのことを思っていた。アリョーシャこそは、田原氏の素朴な、
しかし根源的な疑問に答えることのできる人物である。

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