清水正の遠藤周作論(4)「憧れのドストエフスキー」

清水正の遠藤周作論

遠藤周作は佐藤泰正が聞き手となった対談『人生の同伴者』(平成七年四月 新潮文庫)の中で「モーツァルトを聞いてて昼二千人もガス室へ送れるという人間の不気味な矛盾を書いた作家は、ドストエフスキイではないでしょうか。ドストエフスキイがああいうふうな人間のもっている矛盾を大天才の力で書きましたけれども、われわれぐらいな小説家だとそれをずっと薄めてしまって、それをキリスト教文学というふうに言ってしまう。けれどもドストエフスキイは、たとえばスタヴローギンの告白みたいなもの、少女を強姦して、それが便所で自殺するのをこちらでじいっと時計を見ながら、それを知りながら坐っている状態というのを『悪霊』で書きましたね。同時にスタヴローギンは素晴しい知能の持ち主である。ああいう素晴しい善人が同時に悪いこともできるという人間の心の矛盾を、戦後文学の人たちが後輩に残してしかるべきだったとおもいますが、それがいまの文壇では消滅しちゃいましたね」と語っている。
 遠藤周作は『悪霊』で〈スタヴローギンの告白〉を書いたドストエフスキーにすっかり兜を脱いでしまっている。彼は自分を〈われわれぐらいの小説家〉の範疇に収めて、〈大天才〉のドストエフスキーと真っ向勝負することを回避する。〈自分の力倆〉を知った遠藤周作の発言は極めて謙虚で、そこには彼の文学の本質的な問題が潜んでいる。遠藤周作は「デモーニッシュなものは書けるが、サタニックなものは書けない」と言っている。スタヴローギンの少女凌辱と自殺への追い込みはまさにサタニックな行為と言えよう。私見によればスタヴローギンは自らを沈黙の神に擬した実験を試みたのであるが、遠藤周作にそういった大胆極まる実験を主人公に施すことはなかった。『真昼の悪魔』の女主人公はいかにも〈人工的な悪魔〉の次元にとどまっており、スタヴローギンのそれと比較するのもはばかれる。
 
佐藤泰正は「遠藤さんがモーリヤックをおっしゃる、グレアム・グリーンをおっしゃるけれども、いちばん根っこにはたぶん若い時にお読みになったドストエフスキイがあって、もう一度いま改めて『スキャンダル』を書こうとなさると、それはモーリヤックでもだれでもなくて、ドストエフスキイがいちばん最後に出てくるんじゃないかという感じがするんですが」と言い、それに答えて遠藤周作は「ええ、おっしゃるとおり憧れですよね、ドストエフスキイの世界は。それはいかなる作家にとっても憧れでしょう。こんなことを言っては言いすぎですが、モーリヤックはだいたいわかりました。グレアム・グリーンもだいたいわかりました。その世界だったら私も多少、小説技術を覚えたから書くことはできます。しかしドストエフスキイの世界は、とてもわれわれのような作家がおよぶところではないという感じがいつもします。それだけに向こうが突きつけてくるテーマがすごいんです。でも作家というのは、自分を超えた人間を主人公にできないんです。ドストエフスキイのように書けないもんだから、すこしずつ世界を縮小していくんです」と言っている。
 ドストエフスキーの『地下生活者の手記』を読んで以来、わたしは批評を書きつづけてきた。批評することでドストエフスキーの文学世界を探究してきたが、遠藤周作は小説を書きつづけることでドストエフスキー文学に肉薄しようとしていたということだろうか。それにしても「すこしずつ世界を縮小していく」という言葉は辛い。横光利一は『悪霊』に関して「ドストエフスキーの小説は私の二十歳前後に読み飛ばしたものばかりで、もうそれから十六七年にもなる間、ほとんど読み返してみたこともなくすごして来た。二十歳前後の青年期にドストエフスキーの作品など分らう筈もないと思ふが、それでも荒筋だけ
はぼんやりと私は覚えている。しかし『悪霊』だけはまだ一度も読んだことがなかったから旅行後の疲れのままに、夜になって寝床に入ってから少しづつ読み進んでいってみた。すると、読み進んでいくうちに、私はこれは世界における最高の傑作だと思ひ始めた。かういうときの一小作者の顔色というものは、どういうものか不幸にして私は見ることが出来なかったのを遺憾に思ふ。作者の危機というものは、必ずかういふ場合に現われていなければならぬものだ。私は逢う人毎に当分の間は『悪霊』の話ばかりをしつづけた。それ以外にここから脱け出る方法を私は知らなかったのである」(「文芸」昭和八年十二月号)と書いたが、ドストエフスキー文学の凄さを知ってしまった小説家は悲劇でもあり滑稽でもある。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。