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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載46)
文学碑前より
五十嵐 綾野
寺山修司記念館の後ろには林が広がっている。この林を抜けた先にある、小田内沼展望台の一角に寺山の文学碑が建っている。そこまでは、寺山の短歌が記されたヒバの木が道しるべをしてくれる。好んで暗唱している短歌が出てくると、足取りも軽くなる。ところが、うっそうとした林は意外に心細く、写真を撮りつつも急ぎ足になった。
五分ほど道しるべを辿っていくと、松林の向こうに文学碑が見えてきた。小田内沼を見降ろす、見晴らしの良い台地である。近くによると、意外と大きい。見開いた大きな本の形をしている。
日付は平成元年、五月四日となっていた。背表紙には「田園に死す」と刻まれている。直筆拡大で深く掘られた「寺山修司」の文字が目に飛び込んでくる。そして、短歌が三首、寄り添っている。
君のため一つの声とわれならん失いし日を歌わんために
一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
文学碑の前に大人しく座っている犬が番犬のようだ。文学碑は小田内沼に向かって開かれているが、この犬は沼を背にしている。ずっと寺山の方を見続けている。なぜこんなに寂しい顔をしているのだろうか。
調べてみると少しわかってきたことがある。この記念館と文学碑のある地名は「淋代平」(さびしろたい)という。なんとも、複雑な地名である。首をうなだれた犬はどんな気持ちで文学碑を見守ってきたのだろうか。
文学碑の前に広がる小田内沼。ぽつぽつと浮島がある。沼というよりは大きく、湖のようだった。立ちこめてきた霧のせいで、遠くまで見通せない。この沼の先には、広大な米軍基地が広がっているのである。
「淋代平」という地名。目の前にある米軍基地。寺山の母親は、最後まで記念館を三沢に立てることに反対していたという。寺山にとっても、母親にとっても苦しい思い出がたくさんあることを思い出すからだろう。必ずしも辛い思いでだけでないはずである。因縁は深く、「寺山修司」はこの土地から生まれたことには変わりがない。
犬の首を抱きながら、しばらく小田内沼を見つめた。辺りは、相変わらずひっそりとして人影はない。風が木の葉を揺らす音と、鳥の声がしていた。私の頭の中には、先ほど受話器から聞こえてきた寺山の声が響いている。
この地に立ったら、「アメリカよ」を朗読したくなる。それほど日本の国内にいるのにもかかわらず、アメリカを感じるのである。こちら側とあちら側という関係性がはっきりしている。
一体ここは何処なのだろうか。冷たい文学碑の開かれた本より、開かれているはずの世界。その方が、閉塞感があるのはなぜだろうか。開かれた本は、閉じたくても閉じられないでいる寺山の思いなのかもしれない。
また一機、轟音とともに頭上を飛んで行った。かなりの低空飛行である。一瞬にして静寂は破られ、現実に戻る。体はすっかり冷えていた。
記念館だけを見ればユニークでエンターテイメント溢れる記念館かもしれない。ひとつひとつ探していくと、意外なメッセージを発信しているのである。なぜこの地を選んだのか。なぜ「寺山修司」は作られたのか。まだ、未知の世界があるようである。
2010年1月26日
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