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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載45)
声と筆跡
五十嵐 綾野
寺山修司記念館の、机の引き出しに隠れている黒電話の受話器を耳に当てると声が聞こえてきた。ぼそぼそしていて、最初は何だかよくわからなかった。電話の声よりも、背後の壁に映し出された映像の音に気を取られていたからである。引き出しを開けると、必ずどこかで音が鳴ったり、突然映像が映し出されたりする。
声の主は寺山である。朗読していたのは短歌『田園に死す』と「アメリカよ」という詩である。寺山の声であるということがすぐにわからないほど、私は声を聞いたことがないのだ。その時気付いた。
駅馬車は旅立つ カマンナ・マイ・ハウスのアメリカよ 地図にはありながら 幻のアメリカ 遥かなる大西部の家なき子 それは過去だ あらゆるユートピアはいかり肩で立ちあがる 鷹がくわえた死の翳のアメリカ
醒めるのだ 歌いながら 今すぐにアメリカよ! 『マルのピアノにのせて時速100キロで大声で読まれるべき六五行のアメリカ』
声のトーンが不思議と心地よく、何度も受話器を耳に当ててしまった。見えない電話線でつながった向こう側で、寺山が語りかけてくれているような気がしてならなかった。長い間、その受話器を放さなかった。話口調が似てしまうのではないかと感じた。映像よりも、想像力を駆り立てる声であった。
多くの展示品の中で目をひくものはやはり、寺山の直筆の文字である。寺山修司の字はきれいだ。もちろん、本に出ているようなお手本の文字ではない。癖字である。全体的に丸みをおびていて、くるっとした感じだ。そのような文字が、原稿用紙に一字一字しっかりと書かれている。このような手書きの原稿を見ていると、本で読んでいるよりも何かうったえてくるものがある。
ジャズ喫茶、歌声喫茶、ゴーゴー喫茶など、様々な趣向の喫茶店の出現。フーテン族、ヒッピー、サイケ族。このような中に寺山を筆頭としたアングラ集団が出てきた特殊な時代。こう書き連ねていても、聞きなれない言葉がなんだか面白そうな感じがする。しかし、これはもはや「過去」であり、過ぎ去ってしまったことなのだ。
私は寺山がこの世を去って三年後に生まれた。寺山のいた時代には何の関係もなく育った。私も、あの時代にあの場所で寺山を体感したいと思ったことは何回もある。何かが起こりそうな、みんなが期待をしていた時である。もちろん、この中には忘れ去られてしまったものもあるだろう。
歴史は繰り返すものだ。私が今現在生きている2009年も居心地がとても良いわけではないが、そのうち良くも悪くも「羨ましい時代」と呼ばれる可能性もある。
寺山は、生涯を通して「寺山修司」という作品を発表し続けていたのだと考える。新聞、雑誌、ポスターなどのメディアの露出を最大限に活用した。自分に不利であろうスキャンダルさえ味方につけてしまう。怖いもの知らずである。
どこまでが本当でどこまでが嘘なのかわからない。嘘つき呼ばわりをされてもかまわない。このような混乱さえ寺山にとっては楽しみでしかないのである。寺山の手の上にメディアがあるようで怖い。
マイナスをプラスに変える強さ。本能的にそれを次々と立ち止まることもせずにやり続けたのは評価するべきことであると言える。寺山は待つことをしない。待つと後ろから「過去」が飛びかかってくる恐怖があったのではないか。
いろいろなことに取り組んでいた寺山は切り口がたくさんある。だから、意外なところから寺山につながることがある。
2010年1月18日
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