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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載44)
寺山修司記念館 覗く楽しみ
五十嵐 綾野
寺山修司記念館の中に入ると、展示品が入れられたケースが見当たらない。広いホールは天井桟敷の舞台のような天と地の構成になっている。登場人物になった気分である。上には舞台で使用された、大道具が配置されている。巨大な人差し指。釘を背負った男。「私」や「家」という活字のパネルが目立つ。どの大道具もどこかで一度は見たことがあるものである。下には大きな机と椅子が置かれている。
照明は薄暗い。この暗闇の中、ずっしりと思い懐中電灯で引き出しの中を照らしだす。そこで初めて、寺山の姿を発見した。
少年時代の作文や詩、短歌、シナリオ、写真。あらゆる寺山の足跡がぎっしり詰め込まれている。椅子に座り、懐中電灯で引き出しの隅々まで手にとるように見ることが出来る。このようにこの記念館は「寺山修司を探しだす」というコンセプトで構成されているのである。探すというより、覗く楽しみがそこにはあった。
寺山は「テーブルの上の荒野」という作品を残しているように机に無限の広がりをみていた。映画「田園に死す」に次のような言葉が出てくる。
「子供の頃、蛍を一匹つかまえてきた。母ちゃんに見せようと思って裏口からまわり込んでみたら、何だか変な声がした。戸のすきまからのぞくと母ちゃんが見たことのない男に抱かれていた。赤い蹴出しと毛脛が見えた。
俺は吐き気がした。折角つかまえた蛍を見せるのをやめて、机の引き出しにかくしておいた。
その晩、遅くなってから、わが家に火事があり、近所の家まで焼けてしまった。警察では漏電だと言ったが嘘だった。ほんとは俺が机の引き出しにかくしておいた一匹の蛍の火が原因だったのだ。」
このエピソードは他のエッセイでも度々使われている。一番印象的なのは「机に隠した蛍」だろう。柔らかく光る蛍を母親に見せたいと思うのは、純粋に子供心からである。その素直な気持ちは、大人の世界を見てしまったことで嫌悪感に変わる。
寺山は母親の仕事柄、家を空けることが多かったために、いつも寂しい思いをしていたといわれている。たった一匹の蛍を捕まえるというのも孤独感を感じさせる。蛍が燃えたのではなく、燃えたのは自分自身である。蛍の火は寺山の思いでもある。
私は机の引き出しを開けるたびに、寺山の心に触れているように感じた。この大きな机はただの机ではない。寺山の遺品を展示ケースに閉じ込めてただ展示をするだけであったら絶対に伝わることはないだろう。
机の中の展示品は、時代別にまとめられ、それぞれタイトルが付けられている。順路は決められていない。時間を追って順番に見ることも、好きなところから見ることもできる。改めて思うことは、寺山は本当に色々な物を残したということである。
ある机では、座ると競馬の実況中継が流れてくる。それを聞きながら机の引き出しを懐中電灯で照らすと、そこがスポットライトで照らされたように情景が広がってくる。引き出しの中は整頓されているようでまとまっていない。ビクターの犬、愛用のサンダル、外国のコイン、ホテルカードが一緒に詰め込まれている。
このホテルカードというのは、ホテルでドアノブにかける「起こさないでください」と書かれたカードのことである。寺山はこのカードのコレクションをしていた。旅先で必ず持ち帰ったという。
寺山はいくつこのホテルカードを集めたのだろうか。数があればあるほど、自分が旅をした足跡を目にすることが出来る。おそらくそれだけではない。「起こさないでください」というカードを、持ち帰るということは誰かに起こしてもらいたいということになるのではないか。寺山はノックされることを待っていたのかも知れない。
2010年1月11日
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