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林芙美子の文学(連載144)林芙美子の『浮雲』について(142)
『清水正・ドストエフスキー論全集』第三巻(右)
私家版限定五十部・装丁が全集版と異なっている
林芙美子の文学(連載144)
林芙美子の『浮雲』について(142)
(初出「D文学通信」1348号・2010年1月1日)
清水正
引越しが終わったばかりで、がらんどうの家に邦子一人
を置いて、これから伊香保にでも行かないかとゆき子を誘
う富岡には、未来に対する何の希望もないことが分かる。
が、それ以上に、ここでも富岡は酒の勢いを借りて、その場
かぎりの戯言を言いはじめたと見た方が正解であろう。
酒は腹のなかに浸み渡り、冷えきった躯をあたためてくれた。ゆき子
も二三杯の酒をつきあった。
「もう、あと、三日だね?」
「何が?」
「正月が来るということさ……」
「あら、お正月のことなンか、考えてみたこともなかったわ」
「どうだね、今日、このまま、伊香保か、日光のほうへでも行ってみる
気はないかね?」
「まア、伊香保って、私、行ったことないけど、いいわねえ……。ざぶ
ざぶ、熱いお湯にはいりたいわ。本当に行けるの?」
「一泊か二泊ぐらいなら行ける。行ってみるかい?」
永遠の海のなかに浮いている以上、ちっぽけな人間の心のおもむくま
まに、好き勝手もいいじゃないかと、富岡は、いざとなれば、ゆき子とと
もに、枯木の山の中で、果ててしまいたい気持ちだった。
(お前は、俺にていよく殺されることも知らないで、にこにこ笑って
いるンだよ……)富岡は、猛烈な食慾で、焼きそばを食べているゆき子を
見ていた。金メッキの耳輪が、小さい耳朶にゆれている。黒い神の毛は、
襟もとで短く刈り込んでいた。
「伊香保って、寒くない?」
「寒くてもいいさ」
「それはそうね」
まるで、新婚夫婦が、旅のプランを相談しているような、浮々した表
情で、ゆき子は、加野の名刺をハンドバッグに入れて、それとなくコンパ
クトを出して、鼻の先に鏡を開いた。(256 〈二十三〉)
今日この日が何日なのか作者ははっきりと記さず、二十八日前後ではな
いかと推測しておいたが、ここで正月まであと三日ということが富岡の口
を通して判明する。29日、30日、31日の三日が過ぎて正月を迎えるという
のであれば、この日は間違いなく二十八日ということになるが、三日目が
正月だということであれば二十九日となる。林芙美子は、どういうわけか、
今日は何年の何月何日というように日付をはっきりと書かない。いずれに
せよ、はっきりしたのは、富岡は正月を意識しているが、ゆき子はそんな
こと考えてみたこともなかったということである。富岡にしてみれば、来
年の正月を無事に迎えることができるのかという不安があったということ
であろう。
引越しが終わったばかりで、がらんどうの家に邦子一人を置いて、これ
から伊香保にでも行かないかとゆき子を誘う富岡には、未来に対する何の
希望もないことが分かる。が、それ以上に、ここでも富岡は酒の勢いを借
りて、その場かぎりの戯言を言いはじめたと見た方が正解であろう。富岡
は自分の存在を〈永遠の海のなかに浮いている……ちっぽけな人間〉と見
なしている。酒に酔った富岡は〈心のおもむくまま〉に〈好き勝手なこ
と〉をしたいという衝動に駆られただけのことである。
ゆき子は富岡に誘われて子供のように喜んでいる。富岡は、いざとなれ
ば、ゆき子とともに、枯木の山のなかで果ててしまえばいいという物騒な
考えを抱きながら、猛烈な食慾で、焼きそばを食べているゆき子を見てい
る。ゆき子をていよく殺してしまうかもしれないと考えている富岡の眼差
しが、焼きそばに夢中になっているゆき子の顔を見つめているわけだが、
この二人の対照を作者は見事に捕らえている。富岡の物騒な考えなど、そ
の場で思いついただけの単なる妄想にしか過ぎないが、ゆき子の猛烈な食
慾は富岡のそんな妄想などには微動だにしない逞しい生命力が宿っている。
富岡の眼はゆき子の小さな耳朶にゆれている〈金メッキの耳輪〉を凝視
している。このゆき子が耳朶にしている〈金メッキの耳輪〉が、今のゆき
子の全存在を象徴している。本気で死ねるのはゆき子であって富岡ではな
い。富岡が眼にしている、小さく揺れている〈金メッキの耳輪〉を乾きき
った眼で見つめているのが作者の林芙美子である。林芙美子は富岡には見
えない、ゆき子の内部で揺れている〈金メッキの耳輪〉を凝視している。
淋しい砂漠の街で、身一つで生きていこうとしたゆき子の〈猛烈な食慾〉
の表層の逞しさに騙されるのは、虚栄と虚妄に生きてきたお坊っちゃまの
富岡ぐらいのものである。
黒い髪の毛を、襟もとで短く刈り込んでいたゆき子の、余りにも哀しす
ぎる〈新しい女〉への脱皮に、躯の皮を向かれるような痛みを感じている
のは作者であって、決して富岡ではない。富岡は自分の眼前に腰掛けて猛
烈な勢いで焼きそばを食べているゆき子の、どこまでも彼を追っていく女
の覚悟や悲しみを何も分かっていない。富岡は「お前は、俺にていよく殺
されることも知らないで、にこにこ笑っているンだよ」と考えているが、
ゆき子に言わせれば「妻の邦子と別れることもできない臆病で弱い男が、
私を殺すことなどできはしないよ」ということになる。
2010年1月 1日
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