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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載42)
斜陽 全焼
五十嵐 綾野
2009年12月26日、神奈川県小田原市曽我谷津にある、太宰治ゆかりの「雄山荘」から出火した。数寄屋造りの木造建て、約140平方メートルが全焼してしまった。
雄山荘は昭和初期に、実業家の別荘として建てられたという。当時、太宰治の恋人であった太田静子が疎開していた場所であり、小説「斜陽」の舞台になった。
太宰生誕100年の暮れに、まさかこのようなニュースが飛び込んでくるとは思わなかった。雄山荘は、随分前から空き家だったという。老朽化が進んだ建物の門は施錠されておらず、誰でも出入りが出来たということに、驚きを感じた。
今年は特に、太宰ファンが訪れたことだろう。なぜこのような悲しい結果になってしまったのだろうか。
1993年ごろには老朽化と、居住者の退去に伴い、取り壊し計画も進んでいたらしい。もちろん、そのことに対して、太宰ファンが黙っているはずがない。太宰ファンや地元の住民たちが署名活動を行った。市も買い取り交渉をしたということだが、所有者に売る意思がなかったために失敗。結局、無人のままだった。
もし、話し合いが難航しなかったら、保存策を考えることができたかもしれない。火災が起きなかったかもしれない。燃えてしまったあとでいくら言っても仕方がない。私はそこまで雄山荘に思いれがあるわけではないのだが、とても寂しい気持ちになった。火事の原因が、漏電ではなく不審火だったから余計にそう感じたのかもしれない。
火事に対する太宰の娘である作家・太田治子氏のコメントが印象的だ。
「母の心は常にあの家にあった。さびしく、何かが終わった気持ちだ。夏に訪れたときにはあまりにも朽ちているので見ていられない気がした。風流な家だったのに、人が住まなくなるとこうなるのかと無常を感じた。」
太宰の生家である斜陽館は火事になることなど、絶対にないだろう。セキュリティも万全に違いない。あの、高くそびえる立派なレンガ塀がしっかりと斜陽館を守っているのである。太宰はこの斜陽館に対して「おそろしく頑丈なつくりの家ではあるが、しかし、何の趣もない。」と表現している。
この事件が、太宰が何かを伝えたがっているように見えるから不思議だ。ほかにも、ゆかりの地はあるのになぜここだったのか。空き家が燃えただけなら、たいしたニュースにならない。太宰が関係していただけで大騒ぎになる。たまたま空き家だったから狙われたのかもしれないが、ここ数年文化財の空き家が火災にあう事件が増えていることも気になる。そういえば、「トトロの住む家」も突然燃えてしまった。
寺山修司の作品で、机に隠した蛍が原因で火事が起きるというエピソードがある。もちろん、本当に蛍から出火したのではなく、寺山少年の心の中の怒りが火を放ったということなのだが、今回の雄山荘の火事に繋がるものがある。ニュースを聞いて、一番初めに思い浮かんだのがこの蛍のエピソードだった。
太田治子氏のコメントにあるようにおそらく「何かが終わった」のだろう。太宰や太田静子にとっては思い出の家である。残したい、残したいと思うのは、生存している者たちの勝手な言い分である。
人が住まなくなった家は急速に朽ちていく。それは信じられないスピードである。いっそひと思いに壊してしまったらどれだけ気が楽だろうか。全焼したことは残念であり悔しい。しかし、自然に任せて家が朽ちて取り返しがつかなくなる前に終わらせることができたのは良かったのかもしれない。無人で冷たくなった空き家に、太宰と太田静子の魂をいつまでも閉じ込めておくのは辛いからである。
2009年12月28日
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