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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載41)
鳩を出す男
五十嵐 綾野
「私は噂の写真屋、謎の影さらいです」という告白をしたのは寺山修司だった。寺山には虚像がつきまとう。写真といえば、真を写すものだという決まりごとがあるはずだ。おそらく私自身も、寺山の写真を見るまではそのことに対して疑いを持つことがなかっただろう。
ひょっとすると、写真をそのまま鵜呑みにすることは危険なのではないか。真であるかないかを知っているのは写真屋だけなのである。裏側にはどんな秘密が隠されているのかわからない。写真はたかだか薄っぺらい印刷物である。どこに確証があるのだろうか。
没後25周年記念として刊行された『写真屋・寺山修司』という本がある。この中に収められているのは、奇怪で邪悪なものばかりだ。光と陰の具合や色彩のコントラストが写真の完成度をより高めている。
写真は一つの人工物。寺山はその空々しさの向こう側を写したのである。現地のキャストと異国の古城にて、バタイユのタイトルを拝借した「眼球譚」、「奴婢訓」を彷彿とさせる「悪魔の囁き」など。どれもが、真や偽を超えた「巨像」となって襲いかかってくる。
冒頭の「幻想写真館からのご挨拶」には次のようなことが書かれている。
「私はスナップなどは撮りません。素顔も一切、扱いません。仮面、化粧、変身、幻想といったものにしか興味がないので、撮影にあたりましても、ブラック・サバスやユーライア・ヒープなどの(あるいは古きよき時代の、ポーラ・ネグリのタンゴなどの)摩訶不思議のレコードをかけ、一夜のパーティとして、シャッターを切らしていただきます。」
写真館で行われるのは即興劇に近い。今は明るく、解放感に溢れた写真屋が増えた。フォトギャラリーなどと呼ばれているところもある。私が子供のころに連れて行かれた写真屋のような、怪しげな雰囲気のあるところはなくなりつつある。
それでも、街の片隅には昔ながらの写真屋はひっそりと残されている。写真屋へ普段着で行くことはない。晴れ着や燕尾服といった衣装を必ず身にまとっている。そして、ドアの中に消えていくのである。これは、なんとも面白い光景である。
狭い部屋の中で、おかしくもなんともないのに笑いを強要される。柄がはっきりしない背景、側に必ず置いてある古ぼけた椅子。マントを被った写真屋に覗かれるのは居心地のいいものではない。写真屋で撮る写真は微妙な笑顔になる。
寺山のいう幻想写真についての夢想はコスプレに近いのではないか。素顔は関係がない。どれだけ、日常から逸脱して、別の人間になれるかが大事になってくる。どんな人間にも変身願望は必ずある。この願望には甘美で妖しい魅力がある。
寺山の写真の出演者は皆、いきいきしている。寺山のいう「一夜のパーティー」を楽しんでいるのである。それは普通の人から見たら、異常な光景に見えるかもしれない。おそらく、寺山は出来上がった写真にそれほど執着していないようにも感じる。寺山にとっては、その虚像に化けた瞬間のみが魅力的なのである。
写真は、一瞬を切り取る。時間を一瞬にして、凍結させてしまう力がある。その解凍作業は必要ない。寺山は、黒マントの中で魔法をかけているのである。解凍してしまえば、あっという間に魔法は解け、時間の流れに飲み込まれていってしまうからだ。
目の前にいる人間が、別の人物に変身する。その新しい人と会う楽しみ。その影を自分の物にして、また仮面作りに励む。カメラの眼は、寺山の瞼である。瞬きするたびに合図が聞こえる。「鳩が出ますよ!」
2009年12月27日
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