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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載40)
寺山修司に見られる呪術思想
五十嵐 綾野
戦後が始まると日本は急激に欧米化していくことになった。そのことにより、古くから日本に伝えられていた、土俗的な風習や呪術思想などは姿を消しつつあった。寺山修司は昭和48年に、日本各地に伝承されている奇妙な思想に触れる旅に出た。そして、生まれたのが『花嫁化鳥』という作品である。
余所者に対して排他的な態度を取る島、怪物ヒバゴンの住む比婆山、犬神信仰と闘犬が行われる土佐、キリストが流れ着いた島という伝説がある青森県・新郷村、浅草の見世物小屋。現在では信じられないような奇妙な話の数々である。これらが、ほんの30年前には当たり前だったことに今更ながら、驚いてしまう。
単なる昔話ではすまされない事実がそこにはある。日常をつづりながらも、見えてくるのは非日常である。この作品に広がっている、暗さと侘しさは近代化した現代の日本にもどこか不思議とつながって見えるようだ。
暗く陰鬱な信仰には、どうしても惹きつけられてしまう。今では、タブーとして触れてはいけないような奇習もあるだろう。その裏に隠された悲しみや怒りの感情。知りたいと思うことは間違っているのだろうか。
どんな過去も、我々日本人の軌跡であることには変わりがない。寺山は著書『花嫁化鳥』だけではなく他の作品においても、呪術思想について明確な答えを出していない。否定も肯定もせずに中立の立場にいる。
呪術思想の裏にあるものは共同体の保持である。この共同体が崩壊したときに、呪術思想も崩れ去ったのだ。暗く陰鬱なものから身を守るためには、奇習や信仰に頼るしかすべがなかった。
映画「さらば箱舟」では、本家が中心であるという土俗社会に近代社会が浸食していく場面が出てくる。絶対的な力を持つ本家の柱時計が止まることによって異変は始まる。村には電線が張り巡らされ、村人は別の土地へと移るようになる。本家が莫大な遺産を見つけても、価値観が変わってしまった中では、村の中心として新しい村を作りなおすこともできない。村には誰もいなくなり、やがて共同体は崩壊する。
では、寺山はなぜ共同体を冷静に見つめることが出来たのだろうか。
それは、寺山自身が常に共同体の外側に立っていた人間であったからだ。これには寺山の生い立ちが関係してくる。
寺山は、幼い時に戦争で父親を亡くしている。アメリカの進駐軍によって変化してく田舎町の風景も子供心に複雑だったことだろう。生計を立てるために、母親は米軍キャンプで身分の低い仕事をしていた。故郷を転々とする生活で生まれた時からずっとその地にいなかったというだけで、寺山はすでに余所者である。
母親の仕事を理由に、他の子供たちや大人に後ろ指を差され、すべてから、隠れてしまいたいと「かくれんぼ」を好んでいた少年時代。悲しいことにこのような環境において、共同体に参加することは絶対的に不可能である。
寺山は暗い過去を葬り去るのではなく、思い出しながら廃れていく日本各地の奇習を見つめている。苦しみや絶望を味わった経験があるからこそ、見つめることが出来るのである。
呪術思想を更に掘り下げていくと見えるのは「家」のあり方であり、血縁の維持である。このどうしょうもない因果的連鎖のための犠牲者がどれほどいるのだろうか。忘れ去ってしまうことは侘しすぎる。このような軌跡の果てに、現在の日本人の生活があるということを伝えていくべきである。呪術思想は過去の遺物ではなく、ひっそりと生き続けているのである。
2009年12月21日
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