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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載39)
落書きを探して
五十嵐 綾野
寺山修司は「落書き」に注目していた。特に公衆便所の落書きに魅せられていた。詩まで書いている。落書きと聞いて思い浮かべるのは、「へのへのもへじ」や「相合傘」である。寺山が好む落書きはこのようなものだけではない。猥雑な言葉の横に政治思想があったり、哲学者の名言などが書きなぐられているものだ。
私はこれらのような落書きを実際に見たかというと、あまり覚えがない。そういえば最近では全く見なくなった。小さい頃には見たような気がするが曖昧である。むしろ、見たい。
見たいと思っても、なかなか見つかるものではない。落書きがありそうな駅や公園の便所を探しても難しいだろう。どこも、大体は明るくきれいな造りになっている。人気のない公園や土手などに行けばあるだろうが、防犯上近付くのは拒まれる。地下鉄の駅にはごくまれにそのような薄暗いところもあるようだが、どうだろうか。
公衆便所の落書きよりも、学校の机に書かれた落書きはよく見た。特に、移動教室の机は落書きの宝庫であった。政治思想や名言などはどこにもなく、好きな芸能人の名前や相合傘、他愛のない「つぶやき」がメインであった。
自分が書いた「つぶやき」に誰かが返事を書く。それが交換日記のように続いていくのが面白い。今でいうインターネットの掲示板のようなものである。どんなに穏やかに続いても、悪口の言い合いになりいつの間にか消し去られる。そのうちに誰が書いた落書きなのかという、犯人探しまで始まり、単なる落書きではなくなってしまうところが悲しいところである。
寺山から見ると東京という都市そのものが「公衆便所の落書きのように詩的」であったという。確かに、公衆便所という小さな箱の中に書かれた言葉たちは、本で読むより身近に感じるものがある。そのように考えると、無秩序さと猥雑さは都市そのものかもしれない。寺山は次のように言っている。
「受けとる者がどうとろうと、他者を意識せずに書く歓びだけに没頭できる、純粋に反文学的な記録が落書であり、それを、日記などという保存品にではなく、群衆の糞のたまり場に排泄してくるところに、落書の面白さがあるのです。」
四方を壁に囲われた小さな部屋でかく落書きは、確かに他者を意識していない。しかし、本当にそうであろうか。心の中だけで思っていることを文字にして壁に書いた瞬間からそれは別のものになるのではないか。まして、公衆便所である。だれが入るかわからない。それでも必ず誰かは入ってくる。
落書きも一つのメッセージである。人目に触れないように書いても、誰かしらが発見して読んでいる。むしろ書いている人はそれを望んでいるところがある。
落書きのような、無秩序で唐突な世界を探そうと思ったら、公衆便所を探すよりインターネットを見れば済む話である。掲示板、ホームページ、ブログ、ツイッター。「つぶやき」は至る所に溢れている。書く対象がパソコンになり、公衆便所の壁から自室の壁に広がっただけでやっていることは変わっていない。
落書きもインターネットも所詮は誰かに見られている。のびのびした精神から出来るのが落書きのはずである。それが、「たかが落書き」ではならないところに、精神的な余裕のなさがうかがえるのである。なんとか穏便に物事を進めようとするあまりに、別の問題が浮上しているようだ。ぴりぴりした空気と落書きの犯人探しをする目。それらは息苦しさを増幅させる。落書きが想像力を刺激するどころか、実生活まで脅かすとはやりきれない。
2009年12月15日
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