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林芙美子の文学(連載134)林芙美子の『浮雲』について(132)
林芙美子の文学(連載134)
林芙美子の『浮雲』について(132)
(初出「D文学通信」1338号・2009年12月22日)
清水正
富岡が深く押し殺した声があり、その声は自分自身の
耳には聞こえてはいけないようなものとして、彼の空虚な
内的世界に飛び交っている。日本は戦争に負けて言葉を
失った。
富岡は、雨の街に立って、並樹の美しい、昔の東宮御所のほうを眺め
ていた。この建物も、現在はどんな方面に使われているのかは判らなかっ
たが、鉄柵を透かして、淡い灰色の御所の建物が、雨に煙り、並樹の黒い
塊が、いかにも外国の絵でも見るように、新鮮だった。
じいっと見ているうちに、また、空虚な、とらえどころのない絶望が
おそって来た。(253 〈二十二〉)
富岡が深く押し殺した声があり、その声は自分自身の耳には聞こえては
いけないようなものとして、彼の空虚な内的世界に飛び交っている。日本
は戦争に負けて言葉を失った。すべての、今までの価値が根底から覆され
てしまった。富岡は日本が戦争に勝てるわけがないことを予め知っていた
が、それでもいざ負けてダラットから日本に引き揚げてきてはじめて、そ
の無残を体感したはずである。東京大空襲で街は焼け野原と化したが、焼
けて砂漠と化したのは都市だけではない。生き残った者たちの内的世界を
こそ砂漠化したのではなかったか。
確かに、敗戦後の日本人は逞しさを存分に発揮して廃墟から立ち上がっ
た。昭和二十四年に生まれたわたしは、敗戦直後の廃墟と化した東京を知
らないが、しかしテレビで放映される映像を通して、その無残な姿は知っ
ている。問題は、敗戦後の復興ぶりは何度もとりあげられたが、戦争その
ものの実態は何も知らされてこなかったことにある。敗戦国に、戦勝国が
自分たちの極秘事項を知らせるはずはない。知らせられるのは、戦勝国に
とって不利とならない事項のみであると言っても過言ではない。ジャーナ
リズムは真実の報道などという理想を掲げているが、〈真実〉もまた政治
的力学から解放されることはない。政治は真実を欲しない。真実を見極め
ようとするジャーナリストは政治的に抹殺される。真実を追求して抹殺さ
れない者は、生かされる政治的理由によって生かされているに過ぎない。
ゆき子の小舎のラジオから流れてきた戦争犯罪裁判の報道を聞くことを
富岡は回避した。戦争犯罪を裁くのはあくまでも戦勝国の者たちである。
公平な裁判が行使されないことは初めから明白である。日本は敗戦したが、
天皇と日本語は残された。別に、天皇と日本語を尊重したからではない。
その方が日本国民を統治しやすいと踏んだからに他ならない。富岡の心の
中に様々な言葉が飛び交ったとしても、その言葉が口に出されることはな
い。作者は「富岡は、雨の街に立って、並樹の美しい、昔の東宮御所のほ
うを眺めていた。この建物も、現在はどんな方面に使われているのかは判
らなかったが、鉄柵を透かして、淡い灰色の御所の建物が、雨に煙り、並
樹の黒い塊が、いかにも外国の絵でも見るように、新鮮だった」と書いて、
富岡と共に深い沈黙を守っている。〈鉄柵〉、美しい〈並樹〉、淡い灰色
の〈御所の建物〉、並樹の〈黒い塊〉、〈外国の絵〉、〈新鮮〉これらの
言葉をどのように受けとめるかで、〈東宮御所〉の捕らえ方も、敗戦後を
生きている富岡の内的世界もまったく違ったものとして浮かびあがってく
るだろう。
じいっと見ているうちに、また、空虚な、とらえどころのない絶望が
おそって来た。(253 〈二十二〉)
富岡が感じる〈空虚〉と〈絶望〉が、敗戦後の日本人の心の内を端的に
示している。時の移り変わりと価値の転換に適応できない人間にとって、
敗戦後の時空を生きることは耐えがたいことであったに違いない。富岡は
ダラットにあってニウやゆき子と性愛的な関係を結んでいてさえ、そこに
どうしようもない虚無の風邪が吹き込んでくるのを避けることはできなか
った。人間はただ普通に生きていてさえ、ふと虚しさを感じることがある。
結局は死ななければならない人の運命であるのに、なぜ生きていなければ
ならないのか。生きることの意味はどこにあるのか。戦争に負け、事業に
失敗し、家を売り払い、ゆき子にさえ軽蔑の眼差しを向けられている富岡
は、雨の中に立って東宮御所を眺めながら、〈とらえどころのない絶望〉
に襲われている。
富岡をときたま襲う〈絶望〉を誰も解消することはできない。ゆき子も
また敗戦後の砂漠の街を捨て身で生きており、誰にも癒されることのない
哀しみ、せつなさを抱いて生きている。二人はいくら強く抱きしめ合って
も、お互いの〈虚無〉と〈絶望〉をどうすることもできない。
2009年12月22日
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