ホーム > 林芙美子の文学 , ホーム > 林芙美子関係 > 林芙美子の文学(連載133)林芙美子の『浮雲』について(131)
林芙美子の文学(連載133)林芙美子の『浮雲』について(131)
林芙美子の文学(連載133)
林芙美子の『浮雲』について(131)
(初出「D文学通信」1337号・2009年12月21日)
清水正
最初に声を掛けたのはゆき子である。〈どこへ行く当て〉
もない二人は、雨の中を市電の停留所までぶらぶら歩く。
富岡は孤独と絶望を噛みしめながら黙って水溜りの道を歩く。
二人は、どこへ行く当てもなく、市電の停留所までぶらぶら歩いた。
「ねえ、寒いわねえ……。どこか、お茶でも飲みに這入りましょうか
?」
「うん」
「厭にしけてるじゃないの……」
「しけてる?」
「ええ」
「厭なことを言うね……」
「そう……。独りでいると、いろんな言葉を覚えちゃうのよ……。荒ん
でゆくのが、自分でも、怖いみたい」
「ふうん……。そんなものかね。いかにも、楽々として、愉しそうに見
えるよ」
「あら、厭だわ。そうかしら。ちっとも、楽々となンか、してないわ。
・・そう見えるなんて、癪だわね……。あなただって、あのころとすっか
りお変りになってよ……。ねえ、ああ、もう、私は、何だか少しも、先の
ことが、判らなくなってしまった……」(252 ~253 〈二十二〉)
最初に声を掛けたのはゆき子である。〈どこへ行く当て〉もない二人は、
雨の中を市電の停留所までぶらぶら歩く。富岡は孤独と絶望を噛みしめな
がら黙って水溜りの道を歩く。その後を歩いてきたゆき子が、とうとう我
慢できずに声を掛けたといった具合である。ふつうなら呼び出した富岡が
まず声を掛けるのが当たり前だが、約束に遅れて来たゆき子が詫びの言葉
を発し、その後は二人とも黙ってひたすら歩いた。ここら引用した場面を
見れば明らかなように、ゆき子は富岡の後ろ姿を眺めながら、「しけて
る」とずっと思っていたのであろう。雨の降っている寒いなかを、お茶に
も誘わず、ただひたすら歩く男の後ろ姿が惨めで哀れを誘うものであった
ことは言うを俟たない。
「別れ時が来ている」と思っている富岡が、にもかかわらずゆき子に自
分の〈孤独の道づれ〉になってほしいと願っている。こういった思いは、
妻の邦子に対する裏切りである。富岡は邦子と別れはしなかったが、邦子
を裏切り続けた男である。否、邦子ばかりではない。安南人の女中ニウは
富岡の子供を身籠もったが、その子供に対して何ら責任を負うことはしな
かったし、ゆき子に対しても約束を守らなかった。富岡は、人間を、人間
の心の移り変わりを、はかない浮雲のように感じ、生きていく自信を失っ
ているが、その原因は彼の〈嘘〉や〈虚栄〉にこそあると言っても過言で
はない。
孤独や絶望を抱いた人間の計り知れない魅力というものがある。孤独も
絶望も感じたことのない人間に、ひとを感動させる小説を描けるはずもな
い。富岡の孤独や絶望は表現者に特有のそれではなく、ただ〈嘘〉と〈虚
栄〉の積み重ねの果てに金儲けを企んだ事業の失敗で、落ちぶれはてた男
のそれである。「いやに、しけてるじゃないの……」のゆき子の一言は、
富岡の骨身に凍みたことであろう。富岡にとって「しけてる」という言葉
ほど〈厭なこと〉はない。さすがにゆき子も言い過ぎたと思ったのであろ
うか、「独りでいると、いろんな言葉を覚えちゃうのよ」と弁解し、さら
に「荒んでゆくのが、自分でも、怖いみたい」と、しけてるのは富岡ばか
りではなく自分自身もそうなのだという話に持っていく。
ゆき子は意識的に富岡の僻み心に配慮しているのではない。速達便に応
えて待ち合わせ場所に現れ、雨の中を富岡の後ろを歩いてきたゆき子は、
未だ富岡に愛想を尽かしてはいないということである。ダラットでの性愛
の日々の積み重ねで、躯が富岡に深く馴染んでしまっているので、ちょっ
とやそっとのいさかいなどでは、関係の紐は断ち切れないのである。
富岡はゆき子の言葉を受けて「そんなものかね。いかにも、楽々として、
愉しそうに見えるよ」と、惨めの極にあっても皮肉をとばすことだけは止
められない。ゆき子はダラットの山林事務所で初めて言葉を交わした時に
は、富岡の皮肉と毒舌に腹を立てたが、今はその皮肉に心底腹を立てるよ
うなことはない。ただし、そうは言っても、富岡の皮肉が〈嫌〉なこと、
〈癪〉に触ることに間違いはない。そもそも彼ら二人の関係は、ゆき子が
富岡に一目惚れしたことと、富岡の皮肉にゆき子が敏感に反応したことに
あった。箱や袋を眼の前に置かれると、そこに飛び込まずにはおれない猫
のようなもので、ゆき子は富岡の皮肉を無視することができない。「あな
ただって、あのころとすっかりお変りになってよ」と、投げつけられた皮
肉の玉に自分の手垢をつけて投げ返さずにはおれない。
しかし、ここで二人が感情的になって喧嘩に発展することはない。ゆき
子はため息混じりに「私は、何だか少しも、先のことが判らなくなってし
まった」と呟く。二人はまさに、先の見通しがまったく立たないどん詰ま
りの場所に立っている。
2009年12月21日
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.shimi-masa.com/mt/mt-tb.cgi/1857