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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載35)
『あゝ荒野』について
五十嵐綾野
寺山修司の作品舞台は、架空の世界や外国などを除くと大きく二つに分けられるだろう。土俗的な風景を持つ青森とアングラ文化の中心だった新宿である。映画『田園に死す』において、恐山のふもとにある家が解体すると新宿の風景が広がるという場面が出てくる。また、ラジオドラマ「恐山」では『どこの仕事場の背後にも血なまぐさい禿山の恐山があった』という言葉が出てきている。このことから、青森と東京は、延長線上にあると考えられる。故郷の呪縛からは逃れ得ない。
青森では、家や母親との対立が描かれている。東京においては社会との相克に重点が置かれている。血縁的なものから脱却しても、新しく社会的、金銭的な非力さにぶつかることになる。一つの共同体から抜け出しても、また新たな共同体に属すことになる。越えるべき対象は常に入れ替わりながら、寺山の前に立ちふさがっているのだ。
唯一の長編小説『あゝ荒野』は東京・新宿が舞台になっている。一九六六年に刊行されている。この小説はモダン・ジャズの手法によって書かれている。一九六〇年代当時の歌謡曲や映画、小説のフレーズがコラージュされている。小説より、戯曲に近い作品になっている。
東北訛りの抜けない気弱な青年である二木建二(バリカン)が主人公である。新宿新次とのボクシングの試合で命を落としてしまう。
この作品には、章ごとに短歌が引用されている。他にも、「自殺機械」を製作する大学生、「どもり対人赤面症の治療セミナー」など寺山の好むモチーフが多く登場している。ネオン街や寝台の上を荒野に例え、それがそのまま恐山の荒野につながっている。
登場人物に共通しているのが、過去の思い出の中に生きていることである。「私は昔女優だった」「俺は力士だった」と話をしている。しかしそれも、事実ではなくやりきれない人生を虚構化して思い出に浸っているのである。
寺山は「巨大な質問になりたい」と言っていた。質問をするには相手がいなくてはならない。寺山が恐れていたのは孤独である。青森にいた時の孤独と、束縛も何もない都会で味わう孤独は同じである。寺山は、他人との対話を何よりも求めていた。それらが、「どもり対人赤面症」の人物や「人に好かれる法」という本を読む人物を生み出していったのである。
「ボクシングは殴りあいのかたちで行われる『肉体対話』だと思っていたのである。また、キャッチボールも私にとっては、ことばのかわりに球を用いる対話であった。」
このように、ボクシングやキャッチボールなどのスポーツも対話の一つなのである。『あゝ荒野』のバリカンが新宿新次と戦うのも、根本的には「誰かと関わりたい」という欲求があるからである。もちろん、新宿新次は闘いにそのような欲求は持っていない。
「それはまるで話しかけるボクシングといった印象を与えた。拒絶されてもなお『話かける』ように前のめりに顔を突き出してゆく<バリカン>に新次はしだいにうんざりしはじめた。」
バリカンにとっては孤独を埋めるためだけである。現実的な新宿新次に夢想家であるバリカンが勝てるわけがないのである。一方的な欲求は通じるはずもない。そのために相手を憎むこともできずに、リングの上で死んでしまう。対等な立場で関わることすらなかったのである。二人に言えることはどちらも儚いということだ。新宿新次もまたバリカンが倒れたことで消えてしまったと言える。
2009年11月19日
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