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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載30)
文字がうったえていること
五十嵐綾野
寺山修司の字はきれいだ。もちろん、お手本のような文字ではない。癖字である。全体的にくるっと丸みをおびている感じだ。そして原稿用紙に一字一字しっかりと書いている。このような手書きの原稿を見ていると、本で読んでいるよりも何かうったえてくるものがある。
文字は書いた瞬間から過去になる。寺山を研究していると「あの時代だから人気があった」「早すぎた芸術家」という言葉を目にする。この場合の「あの時代」というのは60年代・70年代のことである。確かに、前衛と呼ばれた彼の行動は過激で突拍子もないところがあった。しかし、それが当時の社会しか受け止められないことだった、というのはおかしい。
古い価値観をくつがえそうと、東京・新宿にはたくさんの若者が集まっていた。ジャズ喫茶、歌声喫茶、ゴーゴー喫茶など、様々な趣向の喫茶店の出現。フーテン族、ヒッピー、サイケ族。このような中に寺山を筆頭としたアングラ集団が出てきた。
こう書き連ねていても、聞きなれない言葉がなんだか面白そうな感じがする。しかし、これはもはや「過去」であり、過ぎ去ってしまったことなのだ。どうやっても、タイムスリップできない。
だから、この中に私自身が入り込んで寺山論をやろうとしても面白いわけがなく、寺山を「過去」として閉じ込めているだけになってしまう。寺山の目は過去を見ていたかもしれないが、作品は未来に向けて発信されている。
私は寺山がこの世を去って三年後に生まれた。寺山のいた時代にはかすりもしていない。私も、あの時代にあの場所で寺山を体感したいと思ったことは何回もある。何かが起こりそうな、みんなが期待をしていた時である。歴史は繰り返すものであり、私が今現在生きている2009年も何年かたてば、良くも悪くも「羨ましい時代」と呼ばれる可能性もある。
寺山は、生涯を通して「寺山修司」という作品を発表し続けていたのだと考える。新聞、雑誌、ポスターなどのメディアの露出を最大限に活用した。自分に不利であろうスキャンダルさえ味方につけてしまう。怖いもの知らずである。メディアを通して多方向から見ることは混乱が起きると思われがちだが、寺山という人物は意外と芯がしっかりしているので見失うことはまずない。
どこまでが本当でどこまでが嘘なのかわからない。嘘つき呼ばわりをされてもかまわない。このような混乱さえ寺山にとっては楽しみでしかないのである。寺山の手の上にメディアがあるようで怖い。マイナスをプラスに変える強さ。本能的にそれを次々と立ち止まることもせずにやり続けたのは評価するべきことであると言える。寺山は待つことをしない。待つと後ろから「過去」が飛びかかってくる恐怖があったのではないか。どんどん新しいことを自分で見つけ出して、それに喜びを見出すことで生きていた。
いろいろなことに取り組んでいた寺山は切り口がたくさんある。だから、意外なところから寺山に繋がることがある。寺山はもうこの世にいないが「寺山修司」はまだ生き続けている。生き続けるというより、時空を超え、影響を及ぼしながら漂っている感じである。
私が寺山のことをたくさん知ろうとすると、誰かに話を聞くか、本を読むか、想像するしか方法がない。情報がどうしても長い道のりをへだててしまう。絶対的に真実は歪められている。
寺山に真実なんてどこにもない。寺山は巨大な玉ねぎのようである。ほどほどでむくのをやめないと何も残らなくなってしまう。逆にむきすぎて小さくなった玉ねぎを育てたらどうだろうか。
2009年10月23日
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