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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載28)
寺山修司と一所不在の思想
五十嵐 綾野
寺山修司は走っている汽車の中で生まれたという。もちろん嘘である。ただ、あまりにもどうどうとした物言いは立派である。自分の誕生の瞬間というのは本人にはわからない。親に聞いたことをそのまま想像してみるほかない。
三島由紀夫も、自分の生まれた光景について話している。「盥のふちが光っているのを見た」という。寺山のように「汽車で生まれた」ことよりもあり得るような感じがする。現実的だ。ごく稀に、母親の胎内にいた時の記憶を持って生まれてくる子供がいるという。その記憶は成長とともになくなるらしい。二人にはこの記憶がなかったのだろうか。「盥のふち」よりかはるかに神秘的な内容になりそうである。どちらも、自分が普通の人とは違うということを言いたくて仕方がないのだろう。
寺山の「走っている汽車の中で生まれた」というのは脚色されたストーリーである。これが元で一所不在の思想にとり憑かれるようになった。一所不在というのはそのまま旅の思想に繋がる。思想にとり憑かれるというより、寺山自身がそうありたいと欲したということが一番のポイントになる。寺山がどこかふわふわして、現実味がないところがあるのはこのことが関わっているのである。
寺山は荒野を旅する一人の旅人である。寺山の生涯を思い起こせば、それは一目瞭然である。それは駆け足の旅だったかもしれない。映画『百年の孤独』の中に「人間は、中途半端な死体として生まれてきて、一生かかって完全な死体になるんだ」という言葉が出てくる。
生き物は何でも、生まれたら必ず死が来る。それは、当り前のことである。わざわざ深く考えない。ただ、死を常に見つめていたのが寺山である。若くして腎臓を患い、生死をさまよった経験は、短歌で新人賞を受賞することよりも衝撃的だっただろう。年表を見ると、短期間に次々と作品を発表している。これも相当体に負担がかかっていたのではないだろうか。
ゆっくり人生を旅する時間がないことを知っていたから早足だったのだ。「いつか」や「今度」という言葉は寺山には必要がない。故郷というのは出てゆく場所である。そして、懐かしく思い出すものである。そうなって初めて良さがわかる。
寺山の作品には、故郷青森の風景が溢れている。それが消えたことはない。あの東北訛りも寺山が旅人であるということを表しているようである。
時間は限りがるものだ。それをつい忘れてしまう。今は寺山が生きていた時代と違ってしまっている。まず、簡単に情報が手に入る。娯楽が増えたことにより、個人の時間を楽しむ人が増えた。なんでも知っているような気がしているが、実は何もわかっていないと思う。便利だとされているが、どんどん不便になっているような気がしてならない。むしろぼんやりする時間が欲しい。
一所不在と言いながら、寺山には青森という原風景がある。それはとても羨ましいことだ。特に短歌には、旅をする喜びと希望があふれている。
チエホフ祭りのビラのはられし林檎の木かすかに揺るる汽車過ぐるたび
やがて海へ出る夏の川あかるくてわれは映されながら沿いゆく
寺山を追って青森へ行った時、ビラが貼られていそうな林檎の木や、太陽の光にきらめく川が確かにあった。そういうことは本の中のことだと思い込んでいただけに驚いた。寺山はもういない。しかし、私の旅はまだまだ始まったばかりなのだ。
2009年10月 9日
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