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林芙美子の文学(連載50)林芙美子の『浮雲』について(48)
林芙美子記念館
林芙美子の文学(連載50)
林芙美子の『浮雲』について(48)
(初出「D文学通信」1254号・2009年09月29日)
清水正
ゆき子はダラットでの富岡との〈過去の事〉(極楽の日々)
にこだわり、〈未来の事〉を考えない。
ゆき子はいわば〈過去〉に眼を向け、
〈未来〉に背を向けて〈現在〉にしがみついている。
〈十五〉を読む
富岡と別れて、ゆき子が鷺の宮の伊庭の家へ戻って来たのは、翌日の
昼過ぎであった。
判然りした約束を取り交わしたわけではなかったが、二人が、一緒に
なるにしても、一応、時をかけなければ、うまくはゆかないと云いきかさ
れて、ゆき子は仕方がないと思った。
近いうちに、ともかく、ゆき子の落ちつき場所をみつけてくれると云
う事と、さっそく、まとまった金を作ろうと富岡が云った。男の一時のが
れのような気がしないでもなかったが、こうした出逢いのなかでは、富岡
の言葉を信用しないわけにはゆかない。
池袋の駅で富岡に別れたが、富岡ははすぐ雑沓の中へまぎれ込んで行
った。ゆき子は心細い気がして、暫くホームの柱に凭れて、電車から吐き
出される人や、乗り込む人の波をみつめていた。長い間の戦争に扱使われ
ていた、栄養のない顔が、犇めきあって、ゆき子の周囲を流れている。
(215 〈十五〉)
先に林芙美子は、久しぶりにゆき子と会った富岡の気持ちを代弁して
「あっさり、今夜一晩で別れられるような決断力が出た」と書いた。その
富岡が、池袋の安ホテルでゆき子とこおろぎのような味気ないセックスを
した後では「二人が、一緒になるにしても、一応、時をかけなければ、う
まくはゆかない」などと、取って付けたような〈一時のがれ〉の言葉を口
にしている。
池袋でやっとゆき子から解放された富岡は、すぐに雑沓の中へとまぎれ
込んで行く。富岡の後ろ姿を執拗に追っているのはゆき子の眼差しである。
富岡がゆき子に振り向くことはない。ダラットでの極楽の日々を〈昔の
事〉として抹殺したい富岡にしてみれば、〈昨夜〉の情事すら消し忘れて
しまいたい〈過去の事〉なのである。ゆき子は富岡の〈一時のがれ〉を分
かっていながら、その嘘つき男の言葉にしがみつく。からだでは十分に承
知している富岡のその場しのぎの嘘言を、頭だけが必死になって信じよう
としている。
2009年9月20日(日曜)
ゆき子と別れて雑沓に紛れ込んでいった富岡は、できるなら永遠にその
中に紛れ込んで、その姿を邦子や母が待っている家に運びこみたくはなか
ったであろう。林芙美子はどういうわけか、富岡の後ろ姿を追っていかな
い。この描かれざる富岡の家での生活は読者が想像力の限りを尽くしてイ
メージするほかはない。
とつぜん富岡家を訪れたゆき子と顔を合わせているのは富岡の母親であ
る。読者はこの母親に関しても何ら情報を与えられていないが、先に指摘
したように、なお情報を与えられていないのが富岡の父親である。読者は
富岡の両親の肖像(正確な年齢、名前、職業)に関していっさい知ること
ができない。さらに、富岡を知る上で重要な人物である妻の邦子に関して
も、作者は詳細な情報を読者に与えない。
ゆき子は〈農林省からの使い〉を名乗って富岡の家の玄関を開けたが、
〈五十年配の老婦人〉がゆき子を一目見て〈おかしい〉と思わなかったは
ずはない。しかし、林芙美子は、ゆき子に関して富岡の母親が内心どのよ
うに思ったのか、いっさい触れない。読者は富岡家の玄関口で暗幕を下ろ
され、中に一歩も踏み込むことを許されない。邦子が富岡家の暗闇の中で、
どのような生活を強いられていたのか。読者はただひたすら闇の中を凝視
して、彼らの暮らしの姿態を想像するしかない。
農林省を辞めて、父親の仕事を手伝っているというが、作者は富岡が農
林省を辞めた理由や、父親の仕事について何ら具体的に説明しない。つま
り、読者は富岡家の経済状態について正確に知ることができない。金に余
裕がなければ、ゆき子の落ちつく場所を探し出すこともおぼつかない。敗
戦後のこととはいえ、富岡の〈荒れ果てた家〉から、彼らの経済的余裕を
感じることはできない。
〈農林省からの使い〉と称する怪しげな若い女と出かけていった富岡は、
翌日の昼過ぎに家に戻ってくる。母親や妻の邦子が富岡の行動に不信を抱
かない方が不自然である。はたして、富岡はどのような弁解を用意して家
の中へと一歩を踏み込んで行ったのだろうか。妻の邦子はいったいどのよ
うな思いで一夜を過ごしていたのだろうか。想像するだけで、富岡家に淀
む鉛のような空気を感じて息苦しくなる。もしこの時点で、林芙美子が富
岡家の内部のごたごたを余すところなく描写していれば、富岡の救いよう
のない哀れな姿がさらに浮き彫りにされたことであろう。
久しぶりに富岡と会ったゆき子は、すぐに「何故、返事くれないの?」
と訊いているが、要するに富岡は、ゆき子ばかりではなく、邦子にたいし
ても何ら満足のいくような〈返事〉のできない男なのである。
狡くて、図々しくて、女好きで、嘘つきの富岡の底はすでに十分過ぎる
くらい割れているが、この男を林芙美子はゆき子と共に依然として手放そ
うとはしない。ゆき子は富岡に「馬鹿!」と言われたとき、「未来の事な
んか考えないで、こうして、眼のさきのあなたにすがりついてるなンて、
馬鹿以外の何ものでもないわ」とムキになって応えている。要するに、ゆ
き子の〈眼のさき〉に富岡が存在し続ける限りは、ゆき子は富岡を解放し
ないのである。
ゆき子はダラットでの富岡との〈過去の事〉(極楽の日々)にこだわり、
〈未来の事〉を考えない。ゆき子はいわば〈過去〉に眼を向け、〈未来〉
に背を向けて〈現在〉にしがみついている。このゆき子の狂わしく哀しい
姿は、富岡が胸懐に潜めた〈別離のカード〉の裏に〈性愛〉の二文字を刻
印する行為を想わせる。〈別離のカード〉の中央に、ゆき子が渾身の力を
こめて刺し貫いた小さな虚空の穴が開き、そこからいやに寂しい風が吹い
てくる。
2009年9月29日
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