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林芙美子の文学(連載49)林芙美子の『浮雲』について(47)
林芙美子記念館
林芙美子の文学(連載49)
林芙美子の『浮雲』について(47)
(初出「D文学通信」1253号・2009年09月28日)
清水正
睡魔に襲われて眠りに落ちる男と、
ますます覚醒して男を執拗に求める女、
二人の間には
埋めようとしても絶対に埋め尽くすことのできない
淵が横たわっている。
林芙美子は、『晩菊』のきくのような冷徹な女を描くこともできるが、
ゆき子のような未練たらしい愚かな女を描くこともできる。
ゆき子は富岡に精神上の充足を求めてはいない。ゆき子は一匹の雌とし
て、雄の富岡を求めている。富岡は久しぶりに会ったゆき子とセツクスす
るが、それはコオロギのような、情熱に駆られたものではない。二人の関
係はダラットを去った時点で幕を下ろしており、富岡はすでに一度の交わ
りで疲れ果てている。しかし、そんなセックスでは若いすべすべしたゆき
子の躯は満足しない。ゆき子は相手のことなど慮ることはしない。ゆき子
はあくまでも自分の慾情に素直であり、相手のことなど二の次なのである。
ゆき子は富岡の下腹に手をあてる。ゆき子は何度でも求める女である。
林芙美子は、富岡がゆき子の欲求に応えたかどうかは記していない。おそ
らく、疲労困憊の富岡はゆき子の欲求に応えることはできなかったであろ
う。敗戦を挟んで富岡とゆき子が久しぶりに躯を交えるこの場面は、読者
に何の感動も与えない。腐れ縁、どろどろの水溜まりに足をすくわれた男
と女が砂を噛むようなセックスをして、男はどうしようもない睡魔に襲わ
れ、女はただひたすらさらなる快楽を求めて痩せてざらついた男の肌を撫
でている。心の繋がりをなくした男、懐に別離のカードを潜ませながらセ
ックスの欲求だけは衰えきっていない男を求め続けるゆき子はどうしよう
もなく愚かな女である。
林芙美子は、『晩菊』のきくのような冷徹な女を描くこともできるが、
ゆき子のような未練たらしい愚かな女を描くこともできる。この愚かな女
ゆき子の怖さは、相手を破滅させずにはおかない魔力にある。林芙美子は
作者として、富岡を破滅させる魔性の女としてゆき子を描くこともできた
はずである。しかし林芙美子は、それとは逆の立場にゆき子を置いた。ゆ
き子は富岡が破滅する前に病死してしまった。わたしは、ここに小説的な
偶然を感じて、必然を感じないが、林芙美子は敢えてそのようにゆき子の
運命を定めたことに関してはいろいろと思うところがある。
2009年9月19日(土曜)
睡魔に襲われて眠りに落ちる男と、ますます覚醒して男を執拗に求める
女・・二人の間には埋めようとしても絶対に埋め尽くすことのできない淵
が横たわっている。この淵をゆき子が知らないわけではない。ゆき子とい
う女は知っていてなお求めずにはおれない女である。「明日になったら、
右と左に別れて、また、こんなとこで逢って、あなたは酔って眠ってしま
うンでしょう……」まさにその通りのことで、ゆき子と富岡の関係に発展
的な未来はない。すでに富岡がダラットを去った時に、彼ら二人の運命は
右と左に別れていたのであり、ゆき子が富岡を執拗に追い回すこと自体に
無理がある。
富岡はゆき子を傍らにして〈眠ってしまう〉が、これは彼の疲労困憊の
証であって、ゆき子に〈ひどい〉と言われようが〈厭よッ!〉と叫ばれよ
うがいかんともしがたいのである。単なる肉体的次元の疲労であれば適度
の睡眠と栄養をつければ回復するが、富岡の場合はゆき子につきまとわれ
ることがその第一原因であり、ゆき子が消えていなくならない限り、回復
の見込みはたたない。ゆき子は富岡と適度の距離を保ちながら関係を続け
ることもできなければ、眠りに落ちた富岡を置いて黙って立ち去ることも
できない。
ゆき子は富岡の肌をぎゅっとつねる。この〈つねり〉にゆき子の男関係
の本質が露呈している。ゆき子は、男を癒し、そっと見守る〈母性〉とし
て接することができない。ゆき子は、富岡の嘘も、卑劣も、狡さも大きな
風呂敷に包んでゆるすという〈大いなる母性〉を備えていない。ゆき子は、
富岡にたいしていつも〈女〉でありつづけた。「ダラットの時のように可
愛がってくれなくちゃ厭!」という言葉に嘘偽りはない。ゆき子は、傍ら
に富岡がいてくれるだけでは満足しない。ゆき子は富岡に性愛的次元で悦
楽を求めている。富岡はゆき子の性愛的欲求にいつでも応えなければなら
ない。別離のカードを胸懐に抱いたまま、相手の肉欲を満足させなければ
ならないとしたら、こんな地獄もない。
ゆき子はダラットでの極楽の再来を願っているが、それが虚しい夢想で
しかないことは分かっている。分かっているから、富岡の肌を思い切りつ
ねって、彼を睡眠の極楽から覚醒の地獄へと引きずり出さずにはおれない。
酔眼を開いた富岡は「うるさいねえ、もう、きみも疲れてるから、少し眠
るといいよ。何時までも、昔の事なんか考えたって仕方がないよ」と言う。
ゆき子は、ないものねだりの駄々っ子ぶりを大いに発揮している。ここに
はゆき子と作者林芙美子の秘密が潜んでいるようにも感じられる。
2009年9月28日
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