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「ZED」を観る(連載③)


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  「ZED」を観る(連載③)

清水正
(初出「D文学通信」1200号・2009年08月06日)
   「Souvenir Program」を読む(その①)

「ZED」を観て、久しぶりに精神の高揚を感じた。演劇でも映画でも、観終わった時点で批評衝動にかられれば、ガイドブックやパンフレットは必ず購入することにしている。基本的な資料として必要だからである。しかし今回は「Souvenir Program」を隅から隅まで熟読した。写真も豊富で、雑誌構成そのものが「ZED」のショーを彷彿とさせる。

ここから続き

まずは表紙から見ていこう。中央にデザイン文字化された「ZED」、そ
の右下に小さくTMの文字が刻印されている。「ZED」の下に「CIRQ
UE DU SOLEIL」とある。画面上部には主人公ゼッドの顔が大き
くクローズアップされ、斜に構えた顔つきで彼を見る者の目を射抜くような
瞳で見つめる。この両目はまるで見る者に謎をかけているような怪しい魔力
を潜めている。眉は極端に細くもなく太くもなく、少年剣士のように凛々し
く描かれ、目の回りはあたかも歌舞伎の隈取を真似ているかのように描かれ
ている。

眉も目の縁取も、黒ではなく濃い青で描かれ、頭部は薄い青のシル
クが巻かれているようにデザインされている。ここにはデザイン化されたア
ルファベット文字や黄道十二宮の架空生物たちが銀河宇宙を輪舞しているか
のように描かれている。上も下もない、混沌の時空を踊る文字(創作文字)
と生物たちは、にもかかわらず銀河宇宙での上昇、落下、浮遊の輪舞を存在
の限りを尽くして悦楽しているようにも感じられる。

画面下部にこの青の帯状の流れは美しいS字形を描いて「ZED」の文字
の中心を通過する。「ZED」文字の中心に位置するEはその内部に地球の
ような球体(地球儀)を抱え込んでいる。青の帯状の流れはこの球体を通過
する瞬間に発光化し、その姿を消して球体を鮮やかに浮上させる。やがて帯
状の流れはその色を青から金色に変えてさらに大きく下部へと流れていく。
この青から白、白から金色へと色を変えて流れる帯の流れを全体的に俯瞰す
ると、それは「ZED」のデザイン化された「E」の文字と重なる。

ここで再びゼッドの顔を見れば、カレはまるでスフィンクスのような挑発
的な眼差しをおくっていることに気づく。この表紙の謎を解けるものなら解
いてみな、といったちょっとおどけた表情にも見えるが、同時に魔的な邪悪
なるものの表情とも重なってくる。世界を、宇宙を司る、〈一にして全の双
神のカミ〉の表向きの顔、人間の姿をして「シルク・ドゥ・ソレイユ シア
ター東京」の「ZED」の舞台へと姿を現したゼッドは、自在に舞台を駆け
回り、天と地を、天上界と地下界をも繋ぐ超越的な力を備えた道化なのであ
る。

ゼッドという名前を賦与された大いなる道化は、二十一世紀の日本に現出
したイエス・キリストなのかもしれない。しかし、この「シアター東京」に
現出した〈キリスト〉に非難、中傷はなく、逮捕も裁きもなく、六時間に及
ぶ十字架上での苦難もなければ、三日後の死からの復活もない。ショー「Z
ED」に、そういった受難と復活のストーリー性がないのに、観客の一人で
あるわたしに、主人公ゼットを現代世界に現れたキリストを想わせる或る何
かがあることは確かである。

画面中央のデザイン文字「ZED」の線幅を広げていけば、やがてショー
「ZED」の舞台(劇場内部)が眼前に開けてくる。絶え間なく生成流動す
る無限の宇宙が、ここ「シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京」において、
その凝縮された〈ショー舞台〉として開花する。一枚の表紙デザインにショ
ー「ZED」のヴィジョンとコンテンツが余すところなく塗り込められてい
る。

三たび、ゼッドの両目を覗き込むと、そこには宇宙船から地球を見たもの
の瞳があった。宇宙の彼方から地球を見るゼッドの眼差しで、デザイン文字
「ZED」の〈窓〉を開けてみなさい、そこにはすばらしい世界、慈愛と友
愛と、夢と冒険心に溢れた光景(ショー)が展開されていますよ、というわ
けだ。

ショーのタイトルとなっている「ZED」とはいったい何を意味している
のだろうか。イギリス英語アルファベットの最後の文字〈Z〉と見た場合、
それは〈最後〉を意味する。最初の文字〈A〉から二十六番目の文字である。
しかし〈Z〉は単なる〈終わり〉を意味しているのではなく、新たな始まり
としての〈A〉を予告する最後の文字にも見える。「ZED」の主人公ゼッ
ドは〈終わり〉であり〈始まり〉であり、〈死〉と〈生〉の間を自在に往環
できる存在なのではなかろうか。

「Souvenir Program」に浮上するゼッドの眼差しは挑発的であるが、し
かしそれは同時に愛嬌のある、慈愛に満ちたものでもある。ゼッドは彼を見
る者に謎をかけるスフィンクスであり、挑発し誘惑する魔性と、寛容で慈愛
に溢れた道化の相貌を合わせ持った多分に両義的な存在である。

〈Z〉という文字を右から横へ引っ繰り返せば、あるいは鏡で覗き込めば、
その形は限りなく表紙の右天上から曲線を描いて左下部へと流れ込む帯状の
形と重なる。表の世界に裏の世界が張りついていると言ってもいい。ゼッド
は白い神性を帯びた聖なる存在として表紙上にその姿を表しているが、その
裏に黒い邪性を帯びた悪魔的な相貌を隠し持っている。白と黒の世界を、そ
の対極的な世界の境界域を遊び戯れながら往環する道化師こそがゼッドのよ
うに思える。

2009年8月 6日

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