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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載⑳)
寺山修司の倒錯性
五十嵐 綾野
寺山修司は「巨大な質問になりたい。」と常に語っていた。日常生活や既存の体制に疑問符を投げかけ、切り崩し、相対化していった姿勢にそれは表れている。価値観を反転させることから始まり、観客席とスクリーンあるいは舞台、劇場と市街、現実と虚構というように入れ替えを行っていく。寺山は内部を知るために、外側にいたといってもいい。故郷を知るためには、家を出なければならない。母を捨てなければ、本当の役割に気がつかない。現実をよく理解していなければ、虚構を描くこともできないはずだ。
寺山の童話集に『踊りたいのに踊れない』という話がある。主人公の少女は、体が自分の気持ちと正反対に動き出してしまう。行きたくない場所に足が勝手に行ってしまったり、好きな男の子に「嫌い」と言ってしまったりする。困惑した少女に老人は、「おまえは、あたまだけを信用しているようだが、あたまだけが正直者とはかぎらんぞ」と忠告する。
このほかにも逆説的な言葉は作品によく出てくる。「生が終わって死が始まるのではない。生が終われば死もまた終わる。」「肖像画に間違ってひげを書いてしまったので、本当にひげを生やすことにした」などおそらく挙げていけばきりがない。
なぜこれほど逆説的な言葉が多いのか。これは寺山自身の肉体に関係がある。寺山は無限の想像力を持っていた。勤勉家であり、情報の収集力もずば抜けている。しかし、それはすべて肉体によって裏切られることになる。あれもしたい、これもしたいと思っても病魔に蝕まれた体は上手く機能しない。『踊りたいのに踊れない』の少女は寺山自身でもある。一番活動的になる時期に、入退院を繰り返したのは辛いことである。このように、寺山は頭と体の分離に苦しんでいた。寺山も語っていたことだが、読書は反行動的である。確かに、活発に動き回っている時に、ゆっくり読書をするということはない。
寺山が時々、あまりにも非堅実的な行動を起こしていたが、こう考えていくと仕方がない。肉体が追いつかずに、頭でっかちなところがあるからである。例えば、市街劇である。これは市街の日常生活の中に、無理やり演劇を持ち込み、現実と虚構の境界線をなくそうという試みである。劇場という枠の中で、舞台と観客の境界線をなくそうとするのはまだわかる。チケットを手渡した瞬間から非現実になるという、了解があるからである。市街劇はこうはいかない。「人々の暮らし」を考えなければいけない。関係のない人にとっては迷惑であり、過激すぎる。それゆえ、警察沙汰になり断念することになった。これは、パソコンの中と現実を混同してしまう事件が起きる現代社会にも実はつながっている。
寺山が逃げたかったのは、病魔や常に側に寄り添う死の影である。あらゆるものへの興味や作品を生み出したいという気持ち。それが、あまりにも早すぎたために肉体が追いつかなくなった。出口は無数に存在しているが、入口がない。寺山は病床にありながらも、多くの仕事をし続けた。私が一番驚いたのは、そのような状態だったにも関わらず、スケジュールが死の二年先までいっぱいだったことである。スケジュールを絶やさなかったことで、精神を強く保っていたのだろう。
「僕は 世界の果てが 自分自身の夢の中にしかないことを 知っていたのだ」
これは、寺山の遺稿『懐かしの我が家』の一部である。世界の果てを夢見て、ここではないどこかを目指したい。そう思っても、行けるわけもなく、自分自身も全く違う人間になれるわけではない。世界の果てが夢の中にしかないとわかっていながらも、人々の夢を代弁し、挑戦し続け、変化しようとした寺山は光った存在であった。夢を叶えるということ自体が逆説的である。叶ってしまったら夢ではない。追い続けるためにはまた、夢を作らなければいけない。寺山の背中が自分の背中と重なって見える。
2009年8月26日
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