ホーム > 寺山修司・関係 > 五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載⑮)





五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載⑮)


img73983a05zik4zj.jpg

ここから続き

寺山修司とQの謎

 五十嵐 綾野 


 1960年(昭和35年)に寺山修司の初めてのテレビドラマである『Q』が放送された。これは、刑務所長の特命を受けて釈放された主人公の小林Qが「Q」という掛声を叫んで人々をネズミに変えていく物語である。結末では、廃墟になった街に、人影ではなくネズミが溢れかえるという不気味さが漂う。大量のネズミを登場させたことが当時話題を呼んだ。
 私はこの『Q』という作品を、シナリオで読んだだけである。映像では見たことがないので想像することしかできない。同じ年に発表された作品をいくつか挙げてみよう。まず、革命と暴力を煽動するものとして放送禁止になった第三作目のラジオドラマ『大人狩り』である。これはマスコミでも大きく取り上げられ、寺山は公安の取り調べを受けることになった。その他には、戯曲『血は立ったまま眠っている』が浅利慶太演出で上演され、映画『乾いた湖』(篠田正浩監督)のシナリオを執筆した。どの作品もテロリズムがテーマであり、激しい印象だ。寺山の活動が世間から注目されて、華々しくなり始めたのはこの頃である。
 アルファベットのQには何か不思議な魅力がある。この、ちょろりと出たヒゲ。単純にネズミの後姿にも見えるが、それだけではない気がする。Qが付く言葉が意外とあるのも面白い。最近話題になった村上春樹の最新刊にも『1Q84』とQが入っている。魯迅の『阿Q生伝』、ウルトラQ、映画007の登場人物Q、オバケのQ太郎、シャ乱Q、チョロQ、など。調べるとたくさん出てくる。
 Qと聞いて一番はじめに浮かんでくるのは、ウルトラQのオープニング映像だ。ドロドロとして何だかわからない液体が徐々に文字になる。このイメージは強烈だ。何かが起こりそうな気持ち悪さをQに感じる。ウルトラQが放送されたのは1966年(昭和41年)である。ちなみにオバケのQ太郎が連載をスタートさせたのは1964年(昭和39年)である。寺山のテレビドラマ『Q』の放送の方が先である。
 テレビドラマ『Q』を単なるネズミを使った悲劇的な風刺作品と見るかどうか。確かにこの作品を単発で、尚且つ寺山が作ったということを知らずに見たら印象は全く違っただろう。寺山の作品の中でも、これほど破壊力と攻撃力を持っているものは珍しい。
 寺山はよく、「偉大な質問になりたい。」と言っていたが、この「Q」という掛声には質問の意味が込められているように思える。ネズミに変えられる対象は、労働組合の幹部、政治家、警察、全学連のデモ隊などだ。「それでいいのか!」という寺山の怒りのこもった質問がQなのだ。今見れば、無理やりな展開かもしれない。そもそもこのテレビドラマ『Q』が放送されたのは、安保闘争の年でもある。日本がざわついていた年だ。寺山も、デモよりテロを支持していたということで批判された。他にもヒットラーが好きだと語ることもあれば、目標は三島由紀夫だと語ることもあった。ただの有名人好きなのでは、と思ってしまうが、マルクス主義にはあまり関心を持たなかったというので、特異な目で見られてしまったのは仕方のないことかもしれない。
 ウルトラQもオバケのQ太郎もシャ乱Qにも、特別なQの意味が込められているわけではないようだ。少し残念な気持ちもするが、やはり何か謎かけがあるのではないかと疑ってしまう。先日、新聞記事にもあったがこの「Qの謎」がひそかにブームになっているらしい。
 私が一番驚いたのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の第三作目のサブタイトルが『Q』になったことだ。第一作が『序』、第二作が『破』であった。そうなると次は自然に考えて『急』だ。それが突然『Q』に変更になってしまった。これは絶対何か思惑があるはずだ。これから更にQが街に氾濫するようになったら一体どうなるのか。寺山のQはまだ生きている。

2009年8月 6日

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.shimi-masa.com/mt/mt-tb.cgi/1637

コメント

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)